奥田英朗さんの「我が家のヒミツ」読了。6つの家族のヒミツというほどではないものの、それぞれの家族に起こった事象を軽妙に綴った短編作品集。
「虫歯とピアニスト」は、歯科医院で事務をしている敦美さんが、自身も好きな有名ピアニストが来院したことから、ピアニストと言葉を交わし、講演会にも出かけ、彼の謎の10年間の空白について聞きだし、更に好きになるお話。ほんのりさせる話です。
「正雄の秋」は、同期入社で仕事は自分のほうができると思っていたものの、営業本部長の座を争いに敗れ、自身及び部下の行き先などに気をもむ姿を描きます。サラリーマンの宿命で、一つしかないポスト争いに敗れ、子会社に出向する身となる姿は、哀れといえばそれまでですが、こればかりは上司の好き嫌いが関係するので致し方なし。それでも、ライバルと最後は気持ちよく話す場面はサラリーマン必読。
「アンナの十二月」は、幼少時に親が離婚し、母親と再婚相手の過程で暮らす16歳のアンナさんが、有名な演出家となった実の父親との再会し、養父と実父を比べてしまう話。養父はスーパーの店長でお客にペコペコするのが仕事で、そうしても派手な世界で暮らす実父が上に見えてしまう。この話で救われるのは、アンナさんの友達がこの話を家で話して、彼女たちの父親がいずれも養父を思いやるところ。友達たちに救われたアンナさんでした。
「手紙に乗せて」は、53歳の若さで突然亡くなった母親を想い、すっかり元気のなくなった父親を何とか元気づけようとする社会人3年生の亨さんと妹、そして亨さんの上司の部長さんのエピソード。亨さんは父親を心配して、同じ経験を持つ上司の部長さんに相談。その部長さんは、彼の経験した思いを手紙にしたためて亨さんの父親あてに手紙を書く。それを呼んだ父親は次第に元気になる。こんな親切な上司がいたのかと思うエピソードでした。
「妊婦と隣人」は、マンションに住む葉子さんが経験するサスペンス。葉子さんは妊娠して現在産休中。マンションの隣の部屋には男女のカップルが住んでいるはずですが、人が出入りする様子がなく、葉子さんは次第に不信感を大きくします。でも夫はそんな葉子さんが、精神的に参っているせいだと心配してしまいます。葉子さんは何とか隣人の正体を探るべく、最後は尾行まで決行し、実はそこには犯罪が。唯一のさすペンフルな作品ですが、旦那さんの気持ちもわかる気がしました。
最後は「妻と選挙」。シリーズ前作の「我が家の問題」でも登場したN文学賞受賞者の康夫さんの奥さんが市議会議員選挙に出るというお話。奥さんは長年老人福祉関係のボランティアをしてきたものの、仲間から持ち上げられ選挙に出馬することに。最初は乗り気でなかった康夫さんですが、自分が落ち目の作家になりつつあることを自覚して、何かに挑戦しようとする妻を応援することに。最後には自分の知名度を発揮して応援演説を行い、当選へのいい風を吹かせるのでした。
奥田作品の真骨頂がすべての作品で生かされた策短編集でした。
今日はこの辺で。