伊兼源太郎「金庫番の娘」

伊兼源太郎さんが政治の世界を描いた「金庫番の娘」読了。政治家、特に国会議員にとって秘書は極めて重要な存在。政務担当秘書とか公設秘書とか私設秘書などの言葉をよく耳にしますが、本作で最も重要視される秘書は財務担当秘書、すなわち政治家の金庫番である。政治資金規正法違反事件がよく取り沙汰されますが、公職選挙法と並んで政治家のお金に関する事件で最も多く出てくる法律で、政治家の進退に関わる問題が頻繁に出てきます。中には、金庫番と称される秘書が責任をとって自殺する事件もよく耳にしました。その意味で、政治家にとっては最も信頼のおける秘書をその地位に置くとされます。

本作品の主人公は、大手商社でレアアース開発プロジェクトに携わった経験のある藤本花織さん。花織さんはそのプロジェクトで、相手国の役人から賄賂を要求された上司の課長が、本社の上司の了解のもとにその要求に応じ、プロジェクトを軌道に乗せたものの、その賄賂が発覚、司法取引の結果課長は有罪判決を受け退職。法人としての会社は無傷に終わったことから、花織さんも責任を感じて退職し、父親が金庫番として仕える政権与党の派閥親分である国会議員、久富隆一の秘書に就くことになる。そこから、花織さんの政治への関与が始まる。

久富は70歳を目前にして党の総裁選挙に立候補するが、いわゆるキングメーカー的な実力者である馬場の子分である現総裁に敗退。馬場はことごとく久富の失脚を狙う守旧派的存在。それに対して久富は、何とか弱者寄りの政策に舵をとろうとする議員で、花織はその政策を実現すべく、馬場の弱点を探して、切り込んでいくのであった。そしてラストでは、花織が若年ながら政治家以上のしたたかさで、馬場の追い落としのカギを見つけ、かつて司法取引でプロジェクトの課長を有罪にした有馬検事に重要情報を与え、馬場が追い込まれる余韻を残して物語は終了する。

久富は派閥領袖であることから、派閥の仲間への選挙対策資金や、夏冬のボーナスに当たる氷代・モチ代を払うなど、決して政治資金規正法的には決してクリーンではないが、自分の私腹を肥やすようなことは一切していない人物。そんな久富の政治家としての矜持を是として、花織も裏帳簿を否定するのではなく、したたかに政治家秘書として親分をフォローしていくことを選択するのであった。

久富には息子の隆宏がいて、彼と花織は幼馴染の仲。花織さんの方が作中ではよっぽど政治家にふさわしいと思われるが、政治家はもしかしたら秘書などの優秀な部下を信頼して、その話によく聞いて、庶民の声を吸い上げ、それを国会や普段の政治活動で訴えていくのがすぐれた政治家かもしれない。安倍政権が長期政権になった理由として菅官房長官が内政全般に目配りしたからと言われますが、安倍・菅の人間性や政策はともかく、信頼して任せることの重要性だけは教えてくれました。

花織さんは隆宏が久富引退後はカバン・看板・地盤を引き継いで二世議員となり、花織さんのバックアップで将来の総理を目指すのでしょう。

今日はこの辺で。