柚月裕子「検事の信義」

柚月裕子さんは、やくざと警察の戦いを描いた「孤狼の血」シリーズ3作品で、今までのイメージを一新した感がありますが、私が好きなのはやはり佐方貞人検事シリーズ。人間味のある佐方検事と増田事務官、そして筒井副部長の懐の深さ。この3人が所属する架空の米崎県米崎市にある米崎地方検察庁を舞台とした裁判ドラマ。その佐方貞人検事シリーズの最新刊「検事の信義」読了。

4つの事件を収録した連作短編の第一作は「裁きを望む」。一代で財を成した地方財界の名士がなくなり、その葬儀の日に空き巣に入った男が、死去した名士の非嫡出の青年。青年は500万円相当の腕時計を盗んだ罪で起訴されるが、その時計は父親が死ぬ前に本人から譲り受けたものと判明し、佐方検事は検察にとっては屈辱でもある無罪を論告し、無罪が確定する。しかし、青年の警察での取調や検察での調査に不審に思うなか、いくつかの情報がもたらされ、次席検事の対応や相続問題などに疑問が生まれ、佐方検事は青年の真の罪を明らかにしていく。ここでは、筒井副部長の人間の大きさや判断力がより際立ちました。

 

二作目「恨みを刻む」は、悪徳警察官による調書改竄と、それに立ち向かう佐方検事の話し。麻薬常習者が現行犯逮捕・起訴され、佐方に公判担当が配点される。佐方は調書を読む中で、事件の端緒となった証人の女性の証言の中で、日付に疑いを持ち、捜査すると一週間間違えたとの証言を得る。それを副部長の筒井に報告すると、検察宛てにこの事件に関する警察捜査の違法性に関する告発文が届いていたことから、事件をあげた刑事が証言した女性の兄である暴力団幹部とつながりがあることが判明。警察内部のパワハラで自殺した若い警察官の恨みを晴らすための告発文が検察に届いたのも、この悪徳刑事に恨みを晴らすための、同僚警察官の告発だったことも判明し、悪徳刑事は有印公文書偽造で起訴され、その刑事の上司も左遷される。だが、この事件に協力してくれた、佐方が最も信頼を寄せる南場署長はも左遷される。警察の身内の悪をさらけ出したことに対する警察組織の非合理があからさまになる。検察もまた、起訴した証拠が改竄したものだったため、佐方検事は無罪を論告するしかなく、またもや検察の不戦敗となるのだが、筒井はそんなことは気にするなと、叱咤激励するのであった。

 

三作目「正義を質す」は、年末年始に佐方が故郷の広島へ帰省し、同期の検察官である木浦と親交を深めると思いきや、広島で起こっている暴力団抗争に関わる相談を持ち掛けられる話。米崎地検で佐方が担当している暴力団幹部の裁判が、実は広島の暴力団抗争のカギを握るという設定で、その幹部の保釈を暗に木浦から求められ、佐方は米崎地検に戻って判断することになる。暴力団抗争とは別に、本作では検察の裏金問題が語られ、実際にあった大阪高検公安部長であった三井環氏の暴露騒動が描かれている。もちろん架空の名前で登場するのだが、柚月さんはよくご存じでうまくこの作品に取り入れている。しかも広島県警暴力団担当刑事である日岡は、「孤狼」シリーズで登場する豪快刑事。日岡暴力団抗争を抑えるために木浦検事に相談し、木浦が佐方に暴力団幹部を保釈すれば抗争が収まると暗に促し、実際に佐方は保釈を許可するという筋書き。正義を貫く佐方らしくないが、保釈金1億円を慈善団体に寄付すること、抗争がなくなり市民の巻き添えもなくなるということから、許可するのであった。日岡刑事は検察裏金問題をテレビで告発しようとした広島高検公安部長の弱みを木浦に提供し、公安部長を微罪で逮捕したという筋書き。当時の三井環氏が正義感で告発しようとした検察の裏金問題は、結局この逮捕でうやむやになったのは歴史的事実。その微罪も全く同じ罪が小説でも記されている。その翌年以降は、めっきり情報提供謝礼の予算消化が少なくなったのは、何のマジックでもなく、間違いなく地検や高検のトップが裏金を使っていた事実を示すもの。但し、検察を捜査して起訴する機関がない日本では、結局誰も罪に問われないことになる。逆にたくさん裏金を使ったような輩がどんどん偉くなっていくのが日本の刑事司法の実態であることを、私たちは知らなければならない。柚月さんの小説の注釈にでも、「これは実際にあったことです」があれば余計にインパクトがあったと思うのですが。それにしても、自分たちの悪事は何としても表に出ないようにする権力は怖いものです。

最終話「検事の信義」は最も長編の作品。佐方に配転された事件は50代の息子が80代の認知症の母親の介護疲れで、その母親を殺した挙句に、逃亡しようとした事件。地検の刑事部のベテラン検事は、介護疲れとは言うものの、逃亡する意図もあったとして10年の懲役を求めて公判部に送り、佐方が担当することに。佐方は、殺害現場から警察に発見されるまでに2時間あれば、もっと遠くに逃亡できたのではないかと疑問を抱き、再調査を上司の筒井副部長に申し入れる。通常は刑事部の判断をそのまま公判で求刑するのが普通だが、再調査自体が刑事部に嫌われることから、地検内の反発も覚悟のうえでの再調査。その調査の聞き取り過程で、被告の息子が母親を慕い、誠心誠意介護していたこと、仕事上でも何らトラブルなく、むしろ慕われるような性格であったことなど、本人の自供とは全く違う事実が浮かび上がる。真実は、被告自らもがんが進行して余命が少ないこと、そして認知症の母を残しては逝けないことなどの事情があり、母親からの罵詈雑言などもあり衝動的に殺してしまい、自首する予定だったことが、教会の神父の証言で発覚する。結果、佐方は独自の論告求刑として2年の懲役、執行猶予5年を求め結審する。

介護疲れによる家族の殺人事件は、たびたび発生するが、その事件の裏に隠された真相はさまざまであり、全て執行猶予が正しいわけではないが、こうした警察や検察、あるいは弁護士の真相究明は是非とも深く深く踏み込んで調査し、佐方の様に真実を裁判で証明してほしいものです。

佐方検事シリーズの次なる作品の発表を、首を長くして待ちたい。

今日はこの辺で。