門井慶喜「天災ものがたり」

門井慶喜氏の作品は初めて。朝日新聞か何かの書評に載っていたのが読むきっかけで、こうした物語も、過去の災害を知る上でも面白い。

1.「一国の国主」は、1540年代の信玄こと武田晴信の若かりし頃の水害対策を描いたもの。甲府盆地には釜無川に御勅使側が流れ込むことから、毎年水害に悩まされていたが、過去の国主は戦争重視で防災対策を施してこなかったが、若き晴信は国の基本は人身の安全と農業だと確信し、幹部の消極姿勢を戒め、水害対策に乗り出すという話。これによって甲斐の国が一層安定することになるとともに、国力が上がり、天下取りの礎ができる。

2.「漁師」は、1896年の明治三陸津波に巻き込まれた漁師の話。津波が発生当時漁船の船頭として漁をしていた青倉四郎は、とっさの判断で船と船員を救い、田老の村の高台移転を主導することになる。高台移転は成功するが、次第に津波被害は忘れられて行き、町は浜辺に移っていく。四郎自身もこれは人間の町の姿だと納得していくのだった。

3.「人身売買」は、1230年の鎌倉時代での凶作で京の都にも餓死者が出るひどい状況。餓死者が出ることを防ぐための人身売買として、米問屋を営む滝郎がその片棒を担ぐ。役人も賄賂を受け取り、黙認するのだが、米が流通しだすと役人は裏を返したように滝郎たちを摘発。

4.「除灰」は、1700年代の江戸時代中期の富士山大爆発により大量の灰が降り注ぎ、除灰の仕事をする男の話。これはいかにも福一事故による除染を意識したもの。男の生まれ育った村は富士山の登山口にあたり、一日も早い復興のために江戸幕府が復興資金を提供するというのがその根拠。

5.「囚人」は、1657年の江戸大火時に、小伝馬町の牢屋に、キリシタンであるがために牢屋にいれていた権右衛門さんの話。彼は肥前長崎地方の生まれで、18歳の時にキリシタンの女性に会い入信。しかし、天草地方が不穏になると家族で京に向かうが、そこでキリシタンということがばれて、妻と子供は刑死、彼は江戸に出て暮らすが、ある時史恵ができずに牢獄へ。彼はひたすら江戸の大火で釈放されることを願い、そのチャンスが訪れるという話。火災の元は人災だが、かつての江戸の空っ風はいわば天災であった。

6.「小学校教師」は、1963年にあった新潟大豪雪に巻き込まれた、東京から新潟に帰省中の女性教師と、彼女が東京に帰れない間臨時の担任となった新人教師の温まる話。女性の両親の体調が悪く、帰京を遅らせたがために大豪雪にあってしまった鳥井さん。4年生の担任を任されているが、帰京がずれ込む。臨時の担任になった浜尾さんは人前で話すことができずに担任になれない教師。一方では列車内に閉じ込めっれた鳥井さんと他の乗客との触れ合いが語られ、もう一方では浜尾さんがだんだん教師としてのスキルを身に着けていく姿が描かれる。新潟大豪雪の被害が記されるが、今では信じられないような死者や倒壊家屋で、正に天災でありました。

六つの短編に出てくる天災と、そこに盛り込まれる人間模様のフィクションがマッチして、面白い作品でありました。

今日はこの辺で。

小野寺文則「いえ」

小野寺さんの作品3作目は、主人公の家族の物語「いえ」。

三上傑さんは、大学を卒業後スーパーに就職3年経過した25歳の青年。家族は高校の共闘を勤める父親の達士さん、母親の春さん、妹の若緒さんの4人家族。家は江戸川区の荒川沿いにあり、総武線平井駅から歩いて15分の一軒家。

この家族には一つの大きな事件があった。それは、妹が恋人の車でデート中に交通事故に会い、足を怪我して足を若干引き摺るようになったこと。その恋人は傑さんの親友であった大河君であったため、余計に家族の中でわだかまりができている。母親は大河を許せない、父親は許している、若緒さんも許している、傑はどっちつかず。

そんなこんなで、三上一家は一時母親が実家に帰ってしまい、変な状態になるが、最後は丸く収まる。その他傑さんの仕事場でのパートさんとの軋轢や、若緒さんの就活模様等、諸々エピソードが語られるが、基本的にはみんないい人で、頑張って仕事なり勉強なりに励み、人間関係や家族関係を築いていく。「いえ」とは、三上さん一家を指しているのだが、ただそれだけにとどまらず、家を取り巻く近所づきあいやそれぞれの人間関係を含めているのでしょう。小野寺さんらしい作品でありました。

今日はこの辺で。

小野寺史宜「タクジョ!みんなのみち」

小野寺さんの作品「ひと」が気に入って、暫くは小野寺作品に夢中になりそう。今回選んだ作品は「タクジョ!みんなのみち」。

「タクジョ」って何だろうと思っていたら、タクはタクシーでジョは女子。ただ本作では女性タクシードライバーばかりが出てくるわけではなく、男性ドライバーも出てくる連作短編。

東央タクシーに勤務するドライバーや事務職などの社員が各短編で登場する作品で、先ずは29歳の男性ドライバー、姫野さん。姫野さんは一流大学から一流航空会社に就職したものの、仕事や人間関係があわずにタクシードライバーに転職した方。おかげで大学時代からの恋人に見限られて別れてしまった経験がある。彼からすると、彼女は一流大学、一流企業のハンサム青年を求めていたのだと気づく。そんな姫野さんが載せた三人の乗客に魅せられる。新宿から船堀までを学生アルバイトホスト、東大島から井の頭公園まで乗せた三人家族、三鷹から御徒町までの女性ユーチューバーの会話が面白い。姫野さんはハンサム青年ながら、人柄もよさそうでした。

次に登場したのが大学新卒でドライバーになった霜島さん、25歳。ドライバーになって4年目だが、自分はドライバー向きではなかったと悩む日々。そんな霜島が乗せたのが30歳前後の女性。今彼氏と別れてきたと自分から話す方。盛んに女性ドライバーを褒め上げる。そして磯子の自宅まで届け料金精算するときお金もカードもないと来た。部屋に戻ってすぐ持ってくると言った女性に対して、霜島さんは篭脱けに引っかかったと疑いスマホを預かる。女性は約束通り戻ってきて精算完了。人を見る目がないと悟った霜島さんは職変を目指すことを決心する。

永江哲也君は霜島さんや最後に主役として登場する高間夏子さんと同期ながら、事務職として入社した25歳の青年。現在は採用担当として新卒や女性ドライバーの採用を増やそうと頭を絞っている。彼が考えたのは、新卒の説明会で高間夏子を講師にして、タクシードライバーの魅力を語ってもらおうという企画。高間は最初断るが何とか説得して40人の学生を前に講師を務め、何とか説明会は成功するが果たして何人が入社してくれるかまでは語れないのが残念。そんな永江は、同じ課の2年先輩の鬼塚さんが好きで、結婚を申し込むのでした。

川名水江さんは、東央タクシーに6年間務めたが、再婚相手の住む札幌に引っ越し、道央タクシーに勤務して2年が経過する38歳の女性。この日の彼女は生保レディーとドラッグストアーのエリアマネージャーの二人を乗せ、いずれも転職を考えている話が車中で交わされる。その候補としてタクシードライバーについていくつかの質問をされる。自分が東京で離婚し、シングルマザーとして苦労したことを踏まえ、男性にはよく考えてほしいと話す。その日の夜は東京から高間さんともう一人の女性ドライバーが札幌に来て再会し、話が盛り上がる。

道上剛造さんは強面の風貌ながら、実は案外優しい男性ドライバー、57歳。かつては悪い道に入りかけたことがあったが、ある女性と出会い、定職としてタクシードライバーがいいのではと勧められた過去があり、天職とも思っている。タクシードライバーのことを卑下するような言葉を平気で若い人たちに言っている刀根さんには、厳しく注意する。

掉尾を飾るのは高間夏子さん、25歳。彼女の両親も離婚し、高間さんは母親と暮らしていたが今は一人でアパート住まい。タクシードライバーになった動機が、あるストーカー事件。女性客を乗せたタクシーのドライバーには自分の住まいを知られたくないと思い、少し手前で下車。その女性がストーカーに襲われたのだ。もし女性ドライバーだったら、家の前で下車して無事に帰宅できたはず。それを一つの動機として入社。コロナの厳しい時期はあったが、何とか今4年目を迎えて頑張っている。そんな彼女が会社説明会で説明役を務めたことは永江編で記しているが、この編では彼女の家族関係などが記され、彼女がタクシードライバーとしていかに魅力的で、こんなタクシーに乗ってみたいと思わせる。

私もかつては会社で夜遅くなった時、タクシーを利用したことがあったが、やはり夜のタクシーでは女性ドライバーに当ったことがない。昼間では何度かあり、言葉を交わすことがあったが、女性ドライバーの方が安心していられる気がする。勤務形態が変則的で、昼だけではあまり稼げないため、どうしても夜勤務もせざるを得ない場合は、家族との交流もなかなかできない職種でもあり、新卒のタクジョたちがどこまで頑張れるかは未知数だが、是非とも業界活性化のためにも頑張ってほしいものです。

なお、そんな彼女、彼氏たちの楽しい体験話などが聞けて、優れたエンタテイメントでありました。

今日はこの辺で。

小野寺史宜「ひと」

小野寺さんの作品も今回初めて接します。タイトルの「ひと」は、人間の正しい生き方を教えてくれる話という意味でも非常に適切なもの。

主人公の柏木聖輔さんは、鳥取生まれの鳥取育ちだが、高校生の時に父親を交通事故で亡くし、大学入学後のついこの間に母を突然死で失い、途方に暮れる毎日。何とか鳥取で葬儀を済ませ、東京に戻ったものの、頼れる人は誰もおらず、大学を中退。住いの近くにある砂町銀座通りに店を構える惣菜屋の田野倉にアルバイトで就職。父親も料理人であったため、自分も料理人を目指すことに決意。田野倉の主人夫婦、従業員のシングルマザーの女性、4歳年上の映機さんと一緒に働くことに。お店の人は皆親切で気さくで面倒見がいい人ばかり。柏木さんも素直な方ですぐに店にもなじんで、金銭的にはぎりぎりの生活ながら、充実した日々を過ごす。唯一悪人として出てくる、遠い親戚筋の基次さんという鳥取から出てきた人には手こずるが、お店の人に助けられて何とか解決。

柏木さんは調理師免許を目標に、無遅刻・無欠勤で勤め、鳥取で同級生だった青葉さんにも再会し、恋心が芽生える。青葉さんは慶応の大学生と付き合っていたが、人間的な魅力で柏木さんが有利の情勢。

こうした登場人物とのちょっとしたやり取りやお付き合いが描写され、とっても優しい物語が展開される。そこには大きなドラマチックな出来事はないが、主瀬の親切な人たちや、大学でバンドを組んでいた二人の仲間たちとの貴重な人間関係が柏木君を成長させていく。そして、柏木君はお店の主人から後を継いでくれないかとまで言われるほどに信頼を勝ち得ていくのだが、最後に二つの決心をする。一つは田野倉を辞めて違うお店に就職してキャリアを積むこと、そして青葉さんをゲットすること。

馬鹿正直にも思える柏木君の人間性が、周りの人たちの信頼を勝ち得ていく姿が、とっても新鮮で、かつ頼もしい存在でありました。

今日はこの辺で。

額賀澪「青春をクビになって」

額賀澪さんの作品を読むのは初めてながら、胸が締め付けられるような内容で、読みごたえがありました。

主人公は瀬川朝彦さんという35歳のポスドク古事記を研究する博士で、大学院の修士、博士課程まで修め、とある大学の臨時教員をしている方。その瀬川さんが、1年契約の大学の臨時教員を更新しないと告げられる。これは収入がなくなり、このままでは生活していけなくなることを意味し、すぐに母校の教授に働き口を求めるが、文系の教員を募集しているところはほとんどない。そして、母校に行って会った10年先輩の小柳さんが、同じく働き口がなく、教授の研究室に居候させてもらっている現実を目の前にする。瀬川さんには栗山さんという大学の研究仲間がいたが、彼は既に研究と教員を諦め、一風変わった派遣会社を起業している。三人とも古事記日本書紀などの上代文学の研究が好きで、博士課程まで進んだ熱心な研究者だが、今の日本の大学では、居場所がないことを身に染みている。それでも何とか研究を続けたいという意欲もあったのだ。

そんな中、小柳先輩が母校の古事記に関する貴重な資料を持ち出して行方をくらます。無断で持ち出したがために窃盗犯となってしまう。その小柳さんの逃避行が「間章」という形で描かれる。彼はバスで広島に向かい、そこから古事記由来の土地に向かっていた。リュックの中には持ち出した古事記の資料が入っており、肌身離さず持ち歩いている。

瀬川さんは10年後の自分の姿を小柳先輩に投影せざるを得ない。

栗山さんが起業した一風変わった派遣会社は、レッタルフレンドという、主に個人の顧客の特別な要望に応える会社。瀬川さんも一時しのぎのために登録し、保育園の願書提出のために夜中から行列に加わる派遣や、就職氷河期で正社員になれず、ずっと非正規で働く45歳の男と一緒にライブに行く派遣などに行って、当人から身につまされる話を聞いて、いよいよ自分も考えなければとなる。

残念ながら小柳先輩は山中で骨で見つかる結果となるが、せめてもの救いとして、瀬川さんは第二の人生で出版社への就職が決まる。

作品の表題はコメディっぽく見えるが、内容は深刻な話。小柳さんも瀬川さんも、栗山さんまでもこの年まで独身で、まるで家族の生活感がない暮らし。いわゆるインテリでありながら、家族も持てないような境遇に置かれてしまう学術界とは暗黒の世界の様でもある。瀬川さんと栗山さんには、一日も早く家族の愛を感じてほしいものです。

今日はこの辺で。

寺地はるな「私の良い子」

青山美智子さんの本を薦めてくれた青年から、寺地さんも薦められ今回呼んだのが「私の良い子」。

小山椿さんは二人姉妹の長女で、会社勤務をする31歳。椿さんの妹の鈴菜さんは、椿さんとは正反対の自由奔放型で、ある日子供を産むと言って父親と椿さんの住む実家に帰ってくる。誰の子供かも言わずに出産。最初は実家で子供の朔君を育てるが、朔が2歳の時に、これまた突然沖縄に行くと言って朔を置いて出て行ってしまう。そんな時父親が病気になったことから、朔を椿さんが育てることに。お腹を痛めた子供ではない妹の子供を育てることになった椿さんは、自分のアパートで必死に育児と仕事に追われることに。椿さんから見れば、自分の子供と何ら変わらないように頑張るが、周りからはいろいろの雑音が入ってきたり、恋人との結婚も引き延ばしてしまうことに。

親の都合で止むを得ずきょうだいが育てることはあるのでしょうが、世間一般的にはレアケース。そういう意味では、椿さんは立派な女性なのですが、逆に言えば鈴菜さんはとんでもない母親。最終盤で、朔の父親がDV男で、妊娠がわかったときには中絶しろといったため、別れて出産したことが明かされるが、それまでして産んだ我が子を置いて勝手に沖縄に出奔してしまうなどもってのほか。そんな妹に優しすぎる椿さんは人が良すぎとしか思えないのですが。

椿さんがいたからこそ、朔君は良い子に育ってくれたのか、育児をしたことの重みがあるから、結局本当の親に返すしかないことで、妹への嫉妬も大きいのか。どうも煮え切らない読後感が残りました。

今日はこの辺。

映画「春に散る」

佐藤浩市横浜流星のW主演でボクシング世界チャンピョンを二人で目指す日本映画「春に散る」を下高井戸シネマにて昨日鑑賞。11月4日の土曜日から下高井戸シネマにて上映されており、私は5日(日)に上映直前に行ったのですが、満席の表示。ところが8日(水)に行ったら1/5も埋まっておらず、ここまで違うのかと思った次第。

内容はよくある話で、一癖ある血気盛んな若者が、老練のかつての名ボクサーながら、こちらも頑固な男に志願して、ボクシングを教えてほしいと頼み込む。絶対受けないと言い張る男だが、周りのフォローもあって受けてから特訓が始まるが、男には心臓に持病があり、若者には目の異常があるというお決まりの設定。こうして物語は世界チャンピオン戦になだれ込んでいくという展開。沢井耕太郎の原作でかなり有名でもある作品ですが、こうした物語は、展開を読めたとしても、ついつい引き込まれてしまいます。スポーツの持つ、ある種独特の魅力なのでしょう。

今日はこの辺で。