下村敦史「サハラの薔薇」

下村敦史がサハラ砂漠でのサバイバルと、核開発・原発をテーマに描いた「サハラの薔薇」読了。最初の出だしが考古学者である主人公の峰たちがエジプトでの発掘調査で棺を発見するところから始まるので、考古学にまつわる話かと思いきや、実は砂漠でのサバイバルと核と原発。特に核と原発については最後の最後に出てくるので、ほぼサバイバルゲームが主題。

峰たちが発見した棺のなかみは、古代のミイラではなく死後間もない現代人のミイラ。結局発掘の成果もなく峰が乗ったのはパリ行きの航空便。エジプトの空港で同僚のキャンセルチケットを譲ったのが美貌の女性シャリファ。峰とシャリファは、結局最後まで助け合いながら生き残ることになる。

航空機は何者かの仕業で砂漠に墜落し、生き残ったのは13人。そのうち7人が墜落現場に残り、6人が「オアシスを見た」という男の話を信じてオアシスめざして砂漠の旅に向かう。そして6人のサバイバルが始まる。オアシスを見たという男は、実は機長であったが、アフマドという犯罪者に殺され、次に老占い師が何者かに殺され、日本人の峰と永井、シャリファ、アフマドが、途中で出会ったラクダに乗った原住民に出会い生き残るが、街での銃撃戦で永井が死に、峰・シャリファVSアフマドとその仲間たちの戦いが始まり、峰とシャリファが何とか生き残るという展開。そこに永井が関係する自然界に存在する原発という言葉が出てきて、これを狙う国際組織に翻弄されたことが次第にわかってくるという次第。永井が残した謎のメモの意味が最後に何となくわかるのであるが、小説の主題が核開発と原発に関係する国際的な暗闘という大きな問題に切り込むにしては、何とも中途半端な形で話が終わってしまうのは残念でありました。

なお、フランスは最近核実験はしていないが、かつてはアルジェリアサハラ砂漠で相当の回数、核実験をしたことが描写されている。その残りかすが今は残っていないのか?心配ではあります。

今日はこの辺で。

長崎旅行記

2020.05.20(金)~22(日)の二泊三日の長崎旅行を敢行。かねてから妻と長崎に行きたいなあと話していたのですが、やっと思い立って実現。私達夫婦の旅行はほとんどJR東日本大人の休日倶楽部パスを利用した東北・北陸・甲信越の温泉旅行が主体ですが、西日本は昨年の出雲・松江旅行以来、九州は25年近く前の由布院・別府以来の旅行となりました。早割の航空券をゲットしての往復飛行機での旅行。

旅行の計画は1月末にたて、航空券と旅館を手配したのでしたが、私の体調が4月ごろからおかしくなり、狭心症の疑いがあるということで、病院で検査を重ねましたが、5月17日に心臓には異常がないとの診断が出たため、何とか決行できた次第。但し、体調の方は未だ高血圧が影響して完璧ではなく、不安を抱えての出発。

20日、9:55羽田発の便でしたが、出発が30分近く遅れ、到着も25分遅れの長崎空港着。当日は残念ながら全国的に曇り空で、飛行機からの景色は真っ白で、地上の景色は拝めず。空港からリムジンバスで早速長崎市内へ向かいます。バスは山の中のトンネルが多い高速道を通り、最後のトンネルを抜けるといきなり市内の中高層ビルが現れ、最初の長崎新地のバス停に到着。初日の予定は中華街での昼食だけだったので、そのバス停で下車して、近くの中華街へ。中華街は一応日本三大中華街と言われていますが、その規模は可愛いもの。神戸もたいした規模ではなかったですが、更に小さい感じの街。やはり横浜中華街はダントツの規模です。中華街は中学生の修学旅行生がたくさんいて、修学旅行も復活したことを実感。最初にマークしていたお店に行くと、10人ほどの待機客がいたため、この店は諦め、近くの小さなお店へ。このお店にも修学旅行生がたくさんいて、お味を心配しましたが、名物皿うどんと飲茶数点を注文して賞味するとなかなかのお味。但し、どうも体調が悪く、食欲がないため、妻に大食いさせてしまった次第。これは初日の旅館での夕食も同じで、かなり妻が頑張って私の分も食べてくれたおかげで、何とか完食ができました。中華街から市電乗り場に行き電車に乗ろうとしたのですが、標識を見ると長崎駅方面は反対側のホーム。急いで反対側に移動して乗った電車は、別系統の電車。終点で折り返して長崎新地に戻り、やっと駅方面の電車に乗れたのですが、この時間ロスがたたって、旅館の送迎車に間に合わず、やむなくタクシーを利用。直線距離はいくらもないのですが、旅館は急坂の上の方にあり、曲がりくねった坂を上っていくため初乗り運賃の3倍の金額。旅館について部屋の窓から下を見ればすぐ下が駅というロケーション。旅館送迎車の時間を5分すぎたばかりに、余計な出費でした。

さて、本日と二日目は連泊で「にっしょう館別邸紅葉亭」というお宿。今まで連泊の経験がなかったのですが、案外ゆっくりできて連泊も悪くないという印象を持ちました。但し、当旅館はかなり古く、部屋が3階のため40段の階段の上り下りが必要。最近は体調の関係で階段を上ると直ぐに息苦しくなってしまうので、これだけは苦労しました。

当旅館は温泉ではないので、お湯に特徴はないのですが、展望露天風呂は姉妹間のお隣の旅館にあり、一回だけお邪魔しました。ただ、ここでも階段の上り下りが多く、一回だけになりました。

部屋からは市内が一望でき、今では世界の新三大夜景と言われる素晴らしい夜景が一望でき、ロケーション的には最高。この夜景を二晩堪能できたことは幸運でした。

夕食は部屋食の卓袱料理。どこをどうやったら「しっぽく」と読むのかわからない難しい漢字ですが、長崎特有の小鉢が大きなお盆に載せられた料理と、お刺身、焼き魚、天ぷらが出てきて、私のお腹は満腹。妻に手伝ってもらって何とか完食。さすがにご飯は食べきれませんでした。ちなみに翌日の朝食は妻がほとんど手を付けず、私が若干手伝う感じ。そして夕食は和食の懐石となり、どちらかと言えば二日目の夕食の方が口に会いました。なお、三日目の朝食も前日とは違うメニューを出していただき助かりました。

二日目の観光は事前予約した観光バスでの名所めぐり。長崎の名所は市内中心部にほぼかたまっていて、バスの運行距離はいくらもありませんが、坂が多いのでバス選択が正解でした。コースは、駅前を出発して北に進み、原爆資料館平和公園、南下して出島、中華街、孔子廟大浦天主堂、グラバー邸。グラバー邸では疲れて半分ほどしか見ないでお茶をしていました。

観光最終日の三日目は13:00出港の軍艦島上陸ツアー。それまで時間があったので、妻が好きな図書館へ。長崎市立図書館に駅から歩いて向かい、1時間ほど時間をつぶして長崎港ターミナルへ。

軍艦島は明治産業革命遺産として世界遺産に登録された不思議な島。縦450m、横160mの狭い島に5600人が住んでいたという炭坑島。船から見る姿はまさに「軍艦」を思わせる景観。上陸して見学できるのはほんの一部分ですが、誰も住まなくなった建物がいかに廃れていくかがわかります。私が生まれ育った長野県浅科村の人口が、50年前に約7,000人と言われていましたが、それに匹敵する人がこの小さな島で暮らしていたというのは驚きの事実。地下1,000mの坑道で採掘していた作業員の人達の給料は、地上で働くより2~3倍という案内がありましたが、危険・汚い・きついの仕事の最たるもの。世界遺産登録時に韓国からクレームが付き、強制労働させられた朝鮮人の待遇がどうであったかは、未だに定かではないのですが、差別がなかったことを祈りたいものです。

軍艦島上陸ツアーも無事終了し、港から駅まで歩きながら途中でしゃれた喫茶に立ち寄ってお茶をして、駅前のバスターミナルから帰りは北回りコースのリムジンに乗り、駅で2.5時間の待機後、無事に羽田に到着することができました。羽田着10:00、家に着いたのは11:30分を過ぎていました。

長崎の街は平地は少なく、傾斜地が街を形成。そんな関係で地価や家賃も高いということですが、炭坑は廃校となり、三菱造船所も縮小して、明治産業革命をけん引したものづくり産業は影を潜めています。たまたま地元のテレビ放送で長崎の将来像について語っている番組を見ましたが、地方はどこも人口減少が止まらず苦戦しているのが実情。特に長崎はかつての重工業の衰退に加え、コロナによる観光客減少が響いて苦しいようです。どこの観光地に行っても思うのですが、早くコロナが収束して、せめて観光産業には頑張ってもらいたいものです。

今日はこの辺で。

下村敦史「絶声(ぜっしょう)」

体調が悪いため、区民体育館のスポーツジム通いが中断し、体育館のカフェでの読書もしないため、読書量が減ったこの2週間。やっと読み終えたのが下村敦史「絶声」

すい臓がんになった資産家の父親が失踪して7年が経ち、兄妹3人が失踪宣告を求めて家裁に申請。あと数時間で宣告になる直前に、父親本人のブログが更新され、まだ生存している可能性が出てくる。子供たちはそれぞれ遺産相続を大いに期待している状況だったが、一時中断でガックリ。父親は長男と長女にはこれまでにもさんざん事業資金と称して援助しており、次男が後妻との子供で、あらぬ疑いをかけて後妻を追い出した経緯があり、遺産を次男に残すべく遺言にしたためていたことが分かる、しかし、その次男も偽遺言作成で相続権を失い、遺産は福祉施設へ寄付と相成るラスト。

本書の特徴は父親のブログの更新状況。普通に読めば時系列に何の疑いも浮かばないが、家裁調査官の真壁は、鋭く時系列に疑問を持ち、その謎を解く。長女が雇った家政婦代わりの愛子さんという女性と、ブログに出てくるA子さんという女性。当然に同一人物と思うのであるが、実は別人。A子さんは、かつて父親の堂島太平が、後妻の浮気相手と疑い、狡猾な手段で自殺にまで追い込んだ男性の娘。そして、時系列的にブログはこの娘が太平の命を受けて逆順に更新したもの。読み返してみると、確かに逆から読んでいくと話の筋が通っていることが分かる内容。太平は自分が陥れた男の娘に贖罪のため会いに行って、そこで倒れてしまい、その後数年間その娘に世話をされていたという展開が正直に読めるから不思議。こうしたトリックをよく考えだすなあと、感心した次第。

それにしても子供から死を望まれる親の不幸は最悪なもの。こんな親にはなりたくないし、こんな子供にもなりたくないものである。私が後者になることはもうないのですが。

今日はこの辺で。

ウクライナ戦争と私の体調

2022年2月24日は、ある意味で戦後国際秩序の大転換の日となってしまった。軍事大国が隣国の兄弟国に軍事侵攻し、核兵器の使用までちらつかせながら、米国・NATOの介入を止まらせ、現在に至るまでウクライナ国内各地にミサイル攻撃を中心に社会インフラ、民間住宅、商業施設に至るまで破壊しつくしている暴挙が連日テレビで映し出されている。国連安保理は拒否権を持つロシアが当事国で拒否権を行使するため、戦争を止めることができず、両国の停戦交渉も行き詰まる。現在は米国・NATOが積極的に武器支援するため、ウクライナ軍が善戦し、停戦が全く見通せない最悪の状況である。

ロシア側のメディアはロシアの都合のいいことしか言わず、西側もまた同じくロシアの暴挙を訴えるだけのプロパガンダ合戦が続き、戦争の恐ろしさをまざまざと見せつける。結局戦争になれば、侵攻した側も自国の都合のいい言い訳に終始し、侵攻された側も侵攻した国が悪で、自分たちは善であることを強調するという、いわば当たり前の報道合戦が続くばかりである。日本の過去と同じく、やはり侵攻したロシアがどんな理由があるにせよ、こんな大規模な戦争行為を勃発させた責任があり、停戦の努力をすべきであり、かつ米国・NATO側は武器援助するのではなく、停戦の努力をしなければならない。確かに得しているのは軍産複合体アメリカだけの戦争であるが、ロシアを擁護するようなSNSを中心としたリベラル系メディアは、陰謀論をかざして盛んに西側を非難するのもどんなものか?“これだけの証拠がある”と最もらしくいっている知識人らしき人もいるが、これではいつまでたっても戦争は終わらないことを認識すべきではないか。

そんなウクライナ戦争の開始以来、私の体調がすこぶる悪く、5月5日の診断で狭心症の疑いが強いことが分かった。5日に処方してもらった薬の副作用でひどい頭痛に3日間悩まされ、薬を変えてようやく頭痛は止んだものの、血圧は下がらず。5月4日の夜なかには最高血圧180を記録し、頭痛・不眠という最悪の状態は脱したものの、5月13日の心臓核検査の結果が17日に出る予定だが、この2週間ほどは、本当に自分の死を考えさせられた。情けないことに、“ぽっくり逝く分にはいつ死んでもいい”なんて言っていた私であるが、いざ自分の死について自覚するようになると、未だ死を迎える準備が全くできていないこと、死への恐怖が襲ってくる。それが不眠に繋がり、生まれて初めて睡眠薬を処方してもらい、何とか眠れるようになった今日この頃である。慌てて遺言書なるものを書こうとしたが、それは未完成状態。

杉並地域大学で健康リーダー講習を受けた矢先で、自分の健康も守れないリーダーになった情けなさ。

自分の健康とウクライナ戦争が丸く収まるように願うばかりである。

今日はこの辺で。

柚月裕子「検事の信義」

柚月裕子さんは、やくざと警察の戦いを描いた「孤狼の血」シリーズ3作品で、今までのイメージを一新した感がありますが、私が好きなのはやはり佐方貞人検事シリーズ。人間味のある佐方検事と増田事務官、そして筒井副部長の懐の深さ。この3人が所属する架空の米崎県米崎市にある米崎地方検察庁を舞台とした裁判ドラマ。その佐方貞人検事シリーズの最新刊「検事の信義」読了。

4つの事件を収録した連作短編の第一作は「裁きを望む」。一代で財を成した地方財界の名士がなくなり、その葬儀の日に空き巣に入った男が、死去した名士の非嫡出の青年。青年は500万円相当の腕時計を盗んだ罪で起訴されるが、その時計は父親が死ぬ前に本人から譲り受けたものと判明し、佐方検事は検察にとっては屈辱でもある無罪を論告し、無罪が確定する。しかし、青年の警察での取調や検察での調査に不審に思うなか、いくつかの情報がもたらされ、次席検事の対応や相続問題などに疑問が生まれ、佐方検事は青年の真の罪を明らかにしていく。ここでは、筒井副部長の人間の大きさや判断力がより際立ちました。

 

二作目「恨みを刻む」は、悪徳警察官による調書改竄と、それに立ち向かう佐方検事の話し。麻薬常習者が現行犯逮捕・起訴され、佐方に公判担当が配点される。佐方は調書を読む中で、事件の端緒となった証人の女性の証言の中で、日付に疑いを持ち、捜査すると一週間間違えたとの証言を得る。それを副部長の筒井に報告すると、検察宛てにこの事件に関する警察捜査の違法性に関する告発文が届いていたことから、事件をあげた刑事が証言した女性の兄である暴力団幹部とつながりがあることが判明。警察内部のパワハラで自殺した若い警察官の恨みを晴らすための告発文が検察に届いたのも、この悪徳刑事に恨みを晴らすための、同僚警察官の告発だったことも判明し、悪徳刑事は有印公文書偽造で起訴され、その刑事の上司も左遷される。だが、この事件に協力してくれた、佐方が最も信頼を寄せる南場署長はも左遷される。警察の身内の悪をさらけ出したことに対する警察組織の非合理があからさまになる。検察もまた、起訴した証拠が改竄したものだったため、佐方検事は無罪を論告するしかなく、またもや検察の不戦敗となるのだが、筒井はそんなことは気にするなと、叱咤激励するのであった。

 

三作目「正義を質す」は、年末年始に佐方が故郷の広島へ帰省し、同期の検察官である木浦と親交を深めると思いきや、広島で起こっている暴力団抗争に関わる相談を持ち掛けられる話。米崎地検で佐方が担当している暴力団幹部の裁判が、実は広島の暴力団抗争のカギを握るという設定で、その幹部の保釈を暗に木浦から求められ、佐方は米崎地検に戻って判断することになる。暴力団抗争とは別に、本作では検察の裏金問題が語られ、実際にあった大阪高検公安部長であった三井環氏の暴露騒動が描かれている。もちろん架空の名前で登場するのだが、柚月さんはよくご存じでうまくこの作品に取り入れている。しかも広島県警暴力団担当刑事である日岡は、「孤狼」シリーズで登場する豪快刑事。日岡暴力団抗争を抑えるために木浦検事に相談し、木浦が佐方に暴力団幹部を保釈すれば抗争が収まると暗に促し、実際に佐方は保釈を許可するという筋書き。正義を貫く佐方らしくないが、保釈金1億円を慈善団体に寄付すること、抗争がなくなり市民の巻き添えもなくなるということから、許可するのであった。日岡刑事は検察裏金問題をテレビで告発しようとした広島高検公安部長の弱みを木浦に提供し、公安部長を微罪で逮捕したという筋書き。当時の三井環氏が正義感で告発しようとした検察の裏金問題は、結局この逮捕でうやむやになったのは歴史的事実。その微罪も全く同じ罪が小説でも記されている。その翌年以降は、めっきり情報提供謝礼の予算消化が少なくなったのは、何のマジックでもなく、間違いなく地検や高検のトップが裏金を使っていた事実を示すもの。但し、検察を捜査して起訴する機関がない日本では、結局誰も罪に問われないことになる。逆にたくさん裏金を使ったような輩がどんどん偉くなっていくのが日本の刑事司法の実態であることを、私たちは知らなければならない。柚月さんの小説の注釈にでも、「これは実際にあったことです」があれば余計にインパクトがあったと思うのですが。それにしても、自分たちの悪事は何としても表に出ないようにする権力は怖いものです。

最終話「検事の信義」は最も長編の作品。佐方に配転された事件は50代の息子が80代の認知症の母親の介護疲れで、その母親を殺した挙句に、逃亡しようとした事件。地検の刑事部のベテラン検事は、介護疲れとは言うものの、逃亡する意図もあったとして10年の懲役を求めて公判部に送り、佐方が担当することに。佐方は、殺害現場から警察に発見されるまでに2時間あれば、もっと遠くに逃亡できたのではないかと疑問を抱き、再調査を上司の筒井副部長に申し入れる。通常は刑事部の判断をそのまま公判で求刑するのが普通だが、再調査自体が刑事部に嫌われることから、地検内の反発も覚悟のうえでの再調査。その調査の聞き取り過程で、被告の息子が母親を慕い、誠心誠意介護していたこと、仕事上でも何らトラブルなく、むしろ慕われるような性格であったことなど、本人の自供とは全く違う事実が浮かび上がる。真実は、被告自らもがんが進行して余命が少ないこと、そして認知症の母を残しては逝けないことなどの事情があり、母親からの罵詈雑言などもあり衝動的に殺してしまい、自首する予定だったことが、教会の神父の証言で発覚する。結果、佐方は独自の論告求刑として2年の懲役、執行猶予5年を求め結審する。

介護疲れによる家族の殺人事件は、たびたび発生するが、その事件の裏に隠された真相はさまざまであり、全て執行猶予が正しいわけではないが、こうした警察や検察、あるいは弁護士の真相究明は是非とも深く深く踏み込んで調査し、佐方の様に真実を裁判で証明してほしいものです。

佐方検事シリーズの次なる作品の発表を、首を長くして待ちたい。

今日はこの辺で。

鈴木忠平「嫌われた監督 落合博満は中日を変えたのか」

落合と言えば、打撃の三冠王を3回獲得、ロッテ、中日、巨人、日本ハムを優勝請負人として渡り歩いた大選手、かつ中日の監督として8年間に日本シリーズ5回進出、日本一に1回という堂々たる成績を残した名監督でもあった。しかし、現役選手時代からその言動が破天荒であったことでも知られる名物男、落合=「おれ流」。そんな落合の中日での8年間の監督時代を追ったフィクション「嫌われた監督 落合博満は中日を変えたのか」読了。勝負にこだわり、かつ契約にこだわった独特の人間性をスポーツジャーナリストとして接した経験を通して描いた名著であり、470ページの長編ながら、その面白さに引き込まれ、あっという間の読了であった。

落合が監督に招聘されたのが2004年のシーズンで2011年までの8シーズンを監督として采配を振るったが、その間の代表的な選手とのエピソードなどを交えて、なぜ彼が嫌われたのか、あるいは尊敬されたのかを考えさせられる。

私自身2000年代以降、あまりプロ野球に興味がなく、選手の名前はよく知らないのであるが、本書に出てくる選手では川崎、福留、宇野、和田、岩瀬ぐらいは名前を聞いたことがある。最初に登場するのが川崎投手。ヤクルトから鳴り物入りで中日に移籍したものの、肩の故障で勝ち星がないシーズンを過ごしていたが、2004年に落合が監督になったとき、開幕投手の指名を受ける。但し、誰にも言うなと厳命される。投手コーチには言ってあったことが後半を読むとわかるが、知っているのは3人だけ。そして約束通り開幕投手としてマウンドに上がる川崎だが、残念ながら撃ち込まれる。落合はなぜ川崎を指名したのか?川崎に引退の引導を渡すためだったと著者は想像する。

もっとも有名な事件?は2007年の日本シリーズ。リーグ優勝は逃したものの、クライマックスシリーズで巨人を破り日本シリーズに進み、あと一勝で日本一になる試合で、山井投手は8回まで一人のランナーも出さず9回で完全試合達成の大偉業がかかる。点差は一点。ここで落合はペナントレース同様、最大に信頼がおける岩瀬に投手交代。この交代劇は賛否両論あったが、勝負にこだわる落合の冷徹非常な面が浮かび上がったことでも有名。しかし、この場面で最も緊張したのは岩瀬だったでしょう。しかし岩瀬は期待を裏切ることなく3人で抑えたことは、とにかく立派。この交代劇の真相は山井投手が交代を申し出たということになっていたが、著者は落合の采配とみる。

中日の監督でまず思い浮かぶのは星野仙一。その星野は何年か先を見て若手育成してチームを作っていったと言われるが、落合はとにかく即戦力重視。定位置の8人は最初から決まっており、残るは投手のみ。新人獲得や補強は投手中心、それも即戦力になる人材。中田宗男というスカウトマンとしては、目を付けた高校生の獲得を進言するが、落合は社会人中心。落合の頭には球団との契約が最優先、すなわち監督は勝つこと、日本一になることがミッション。その為にはセオリー通り手堅く送って点を取り、手堅く守って勝つことが最優先される。その為のチーム作りと采配をすることが落合の役割であると割り切る。星野と比べてどちらが良い悪いは言えないが、確かに落合の試合は面白みがない、客も入らないという局面を迎える。

球団の経営陣が代わった2010年以降、落合との契約は3年契約の2011年で終了することになっているが、これだけの成績を残している監督を辞めさせることができるのか?親会社の新聞社は、ネット社会の中、経営には余裕がなく、当然に球団も余裕がない。優勝を重ねるうちにレギュラー陣の年俸は高くなるばかり、勿論監督の給料も。しかも、落合の野球は手堅すぎて球場は空席が目立つ状態。こうした状況から球団は2011年のペナントレース中に落合との契約終了を発表する。リーグ優勝はほぼヤクルトで決まりという状況でもあった。ところがこの発表から中日は連勝を重ね、ついにはリーグ優勝、そして日本シリーズ進出も決める。落合の怒りが選手たちに通じて、奇跡を起こしたような展開であった。残念ながらシリーズ優勝は3勝4敗で逃したものの、落合マジック満開のシーズンとなったのである。

一つのエピソードとして、落合はヘッドスライディングを選手に禁止したという事例がある。けがの危険性が高く、選手生命、ひいてはその選手の人生をつぶしかねない危険行為はするな!と厳命したとのこと。選手には、チームや会社のためにプレーするのではなく、自分のため、家族のためにプレーしろとも言っていた。極めて合理的でかつ民主主義的な発想である。ここに落合の「おれ流」の良さを著者は見るのである。

中日の監督を辞めた後は、これだけの実績を残しながら、何故か落合はどこの監督もやっていない。どこからもオファーがないのか、あるいはあっても断っているのか。本書の「嫌われた監督」にあるように、落合という名監督にチームを任せる度胸を持つ球団がないのが本当のところではないかと私は思うのだが。

今日はこの辺で。

下村敦史「コープス・ハント」

下村敦史作品「コープス・ハント」を速攻で読了。速攻とはかなりの飛ばし読み的意味合い。

「コープス」とは死体という意味。したがって作品名を日本語的に訳せば「死体探し」。

連続主婦殺しの最後の標的となってしまった若い女性が「夫から殺しを依頼された」と言われて、無残にも殺害される。犯人は捕まって、8名の殺害犯として死刑を宣告されるが、判決言い渡しの場で、「最後の女性殺害は犯人ではなく、真犯人は自分が殺して埋めた」と叫ぶ。この法廷での犯人の言葉がSNSで拡散し、遺体探しがSNS上で始まっていく。

最後の女性殺害に関わった女性刑事、望美さんは、捜査段階から違い犯人を追っていたため、この言葉を信じて単独捜査を始める。

一方、ユーチューバーとしてSNS上で知り合った少年3人も、再生回数の増加を狙ってこの遺体探しを題材にすべく、千葉県の山奥まで死体探しに赴く。この少年たちが、どうして千葉県の山奥に死体が埋められているのかといった会話がないのはちょっとずるいところ。種明かしは最後の方にあるのだが。

本作は、望美刑事の危険な単独捜査と、少年たちの死体探しが並行して語られ、その中でも最も緊迫するのは、望美刑事が男3人に拉致され、工場のようなところで奇跡的に逃げ切る場面と、少年たちが死体のありかを発見して死体を掘り起こす前後の場面。望美刑事の逃亡場面は手に汗握る緊迫感があり、下村の真骨頂だが、少年たちの死体発掘場面では、初めて少年の一人が死体を埋めた犯人であることが分かり、その動機が明かされる。

そしてやっと気づくのが、この二つのストーリーには時間差があること。少年たちの死体探しは5年ぐらい前の話で、少年の一人が猟奇殺人犯であったこと。望美は刑事は、ついにその全貌を刑務所での犯人との面会で明らかにすることになる。

けっきょく、犯人の母親の潔癖症的性格が少年時代の性格をゆがめ、女性との接触の方法を知らないまま、犯罪に走ってしまったという動機なのだが、下村作品としては期待外れな出来でありました。

今日はこの辺で。