中山七里「月光のスティグマ」

中山先生が阪神大震災東日本大震災を背景にして、男女の愛を描いたミステリー作品「月光のスティグマ」読了。神戸で生まれた主人公の淳平と隣に住む双子の姉妹、麻衣と優衣。三人は大の仲良しで、きょうだいのようにして育つが、成長するに従い恋心が芽生えてくる。そして中学3年生の時に阪神淡路大震災に被災し、淳平の両親と兄、優衣の母親と麻衣がなくなる。そして成長した淳平と優衣が再会し・・・・。

東野圭吾の「白夜行」や「幻夜」を思い起こしそうな導入部が興味を誘う。そして15年後に検事となった淳平が、捜査の標的である国会議員の秘書となった優衣と再会。中山作品では珍しい濡れ場の描写があり、更に興味をそそります。優衣は議員を守る為に、淳平は議員を追い詰め、優衣を守る為に、被災者への義援金マネーロンダリングの拠点となっているアルジェリアに向かい、運悪くテロに遭遇。そこでも必死に淳平は優衣を守ることで、自分の責任を果たそうとするのでした。

今日はこの辺で。

 

中山七里「騒がしい楽園」

中山先生の学園もの、それも幼稚園を舞台にしたミステリー、「騒がしい楽園」読了。

埼玉の田舎の幼稚園から東京世田谷の幼稚園に移動してきた舞子先生を主人公に、学園で発生する小動物の殺害・棄損事件が相次ぎ、ついには園児までが殺される事件が発生。その園児が舞子先生のクラスということで、ショックを受けるのですが、最後には警察との連携で犯人を逮捕できるというストーリー。ミステリーとしては大した小説ではありませんが、待機児童問題、近隣住民との摩擦、保護者のモンスターペアレントぶりなど、幼稚園・保育園が置かれている状況を中心に描くスタイルは、他の小説でも同じようにみられるおなじみのもの。特に世田谷区が全国一待機児童の多いこと、その原因が近隣住民の反対によりなかなか新規に建設ができないことなど、勉強させられました。

私は杉並区住民ですが、世田谷区の境目に位置する場所に住んでおり、電車が通る騒々しい場所なので、それほど学校などの騒音は気になりませんが、閑静な住宅地となるとやはり気になるのでしょう。また、待機児童問題については、「保育園落ちた、日本死ね」の投稿で大きくクローズアップされたため、各自治体が力を入れることになった経緯がありますが、老人中心社会がさらに進行している日本において非常に大きな問題です。世の中に自分中心の老人が増えていることも、また大きな悲劇としか言いようがありません。

今日はこの辺で。

 

映画「クルエラ」

アメリカのディズニー映画「クルエラ」をシネマカリテにて鑑賞。ディズニー映画の好作品ながら、大手のシネコンでは上映されていないのはどういう訳なのか?とにかくレビューが4.3の高得点なのではずれなしと思い、新宿シネマカリテに金曜日に予約して本日鑑賞。

エマ・ストーンが主人公のクルエラに扮し、母の仇であるロンドンのカリスマデザイナー、バロネスに復讐を遂げるドラマで、ディズニー映画らしく、小気味よいテンポて物語が展開、「101匹にわんちゃん」の悪役クルエラを英雄に仕立てて、何匹ものわんちゃんも登場して愛嬌をふるまいます。最後は自分の出自を知ったクルエラが母親バロネスを仕留めて、愛すべき育ての親の仇をとってエンド。何とも楽しい映画を久しぶりに鑑賞出来ました。

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東欧映画二題、「聖なる犯罪者」「SNS」

ポーランド映画「聖なる犯罪者」をギンレイホールにて鑑賞。ポーランド映画というと、アンジェイ・ワイダ作品を代表として、名画を生んできましたが、独特と雰囲気を持った作品が多い。本作も、暗い中にも希望と言えるようなものを感じさせる作品となっている。

少年院を仮退院して、田舎の製材所に勤務する予定であった青年が、ひょんな拍子で教会の司祭になることになり、少年院時代に個性的な新婦からミサを受けたことを真似して、司祭に成りすますことになる。その村では、7人が亡くなる交通事故があって、その真実が未だ明かされていない状態だったことから、主人公のなりすまし司祭の青年が、その事故の真相を明らかにし、村八分状態になっていた7人のうちの一人の葬式を出そうとする。そうした過程で、なりすまし青年が真っ当な社会に一員となるきっかけを掴もうとするのだが、結局最後は身分がばれて少年院に逆戻りの運命をたどる。

とにかく青年役の俳優の表情が抜群に不気味なのであるが、その表情が微妙に変わっていくところが見もの。あまり期待していなかったのですが、見ごたえのある作品でありました。

映画「SNS」は大変珍しいチェコドキュメンタリー映画で武蔵野館にて鑑賞。「聖なる犯罪者」に続く東欧映画で、やはり独特の雰囲気がある作品。長くソ連圏にあった影響もあるのか、完全に西欧的な雰囲気とは一味違う匂いのようなものを感じます。

SNSの出会い系サイトで、12歳の少女役を20歳の女優三人が演じて、どのような相手がアクセスし、どのような会話や行為が繰り広げられるのかを赤裸々にする試みの作品。やらせはないと信じますが、これが実態であればSNSの怖さを痛切に感じるし、児童との性交渉を望んでいる男たちがいかに多いかを証明しています。中にはまともな会話をする人もいるのですが、その場面では、それがあまりにも意外であることから、女優さんが涙を流して感動する姿も描かれます。

実際にオフ会的に逢う場面の隠し撮りもありますが、これはどう見てもルール違反ではないかとも思える場面。犯罪を誘導しているようなもので、製作意図を疑う場面ですが、つられる方が悪いと言えばそれまで。

全体的に気色の悪い場面が多く、救いのない映画でもありました。

今日はこの辺で。

韓流ドラマ「ロースクール」「ライブ」

韓流ドラマ二作をNetflixにて視聴。

ロースクール」は、韓国の司法改革から新しくできたと言われる法律専門学校を舞台としたサスペンス。韓国におけるロースクール制度は、日本における法科大学院よりも進んだ制度との評判を聞きますが、ドラマを見る限りそんな印象を受けなくもない。韓国においてロースクールを新設した大学は、従来の法学部を廃止せねばならなくなったと聞きます。子rだけのことを実行できるだけでも、日本よりも大胆ではあります。

ドラマは、ロースクールの中で発生した殺人事件の犯人が誰かというミステリーを軸に、ロースクールの教授や生徒、検事や政治家などが絡み、複雑な構図を取りながら16回がスピーディーに展開。1.5倍速で観ていることもありますが、話が複雑に絡み合っていて理解しづらいところもありましたが、韓国ドラマで見られる政治家や財閥といった悪役が必ず出てきて最後は正義が勝つというストーリー展開は非常に痛快ではあります。主演のスクールの教授役を務めたキム・ミョンミンさんははじめてお目にかかる方で、存在感がありました。

「ライブ」は、ソウルの警察分署に勤務する刑事たちの生態を事件への対処を中心に描く刑事もの。分署はソウルの事件多発地帯で、日常的に脅迫犯罪がこれでもかこれでもかというほど頻繁に発生し、刑事たちは休む暇もない有様。そんな分署に配属になった信任刑事3人と、彼らをカバーしてくれる優しい先輩刑事たち。主役の新人女性刑事役を演じたチョン・ユミさんは素敵な女優さんで、映画「82年生まれ、キム・ジヨン」の主役を務めていた方。すでに38歳ということですが、お若くて素敵でした。

それにしても、いくら事件が多くても、あんなに事件が多発し、それも殺人などの重大犯罪が多発していては、ソウルの街が恐ろしくなりますが、あくまでフィクションと考えておきましょう。

今日はこの辺で。

奥田英朗「コロナと潜水服」

久しぶりの奥田作品「コロナと潜水服」読了。五つの作品からなる短編集で、いつもながらそのユーモアとペーソスに感嘆。いずれの作品も、心霊的な人間が出てきて、物語が進行していくスタイル。

「海の家」は、奥田さん本人に似た作家が主人公。妻の浮気が発覚し、しばらく別居しようと家を出た作家の男が、葉山のかつての豪邸だったような家を借りる。そこには幼い子供が住み着いていて、二人は同居するような形が続く。その子は、かつてこの家に住んでいた一家の子供で7歳の時に破傷風で亡くなった子。そして、この作家は海岸で不良少年たちに殺されそうになったのを救ってくれるのでした。

ファイトクラブ」は、リストラを拒否して工場の警備に回された中年男5人が、かつて会社にボクシング部があったため残っていた装具をつけて遊んでいたところに、謎の老人が現れて、彼らのボクシングを教える。彼らはすっかりボクシングのとりこになり腕を上げていくが、コーチの老人の素性はわからずじまい。ある時工場に泥棒が入って、犯人たちと堂々と格闘し、捕まえることができるのだが、その結果コーチが誰であったかを初めて知ることに。

「占い師」は、有名プロ野球選手の恋人を自任するフリーアナウンサー、彼が実力を発揮すればするほど自分から離れて行ってしまうことが気がかりで、占い師に助言を求めることに。彼女が行った占い師は、彼氏の調子を左右してしまうような超能力を使うのだが、それに一喜一憂する自分が嫌になって、初めて自立していく。

表題作でもある「コロナと潜水服」は、テレワークで家で在宅勤務する男が、自分の子供がコロナを見分ける能力があることを感づき、子供の言動から自分がコロナに感染したことを信じ、感染予防に妻が買ってきた潜水服で外出することに。ついには本当に感染してしまうのであるが、子供が近づいてきたことで治ったことを悟る。コロナ禍の中で感染対策を皮肉っぽく小説にしたもので、奥田節全開。

最後の作品は、ほろっとさせる「パンダに乗って」。5作品の中では最もすぐれた作品に感じました。中年男が買ってあこがれたイタリア車を買い求めて新潟へ。早速ついていたカーナビが誘導する通りに走らせると、この車のかつての持ち主の足跡をたどることに。25歳で早世した若者の思い出の場所を巡っていき、その若者がみんなに愛されていたことを知り、車を買ったことに無上の喜びが語られます。

今日はこの辺で。

 

中山七里「テミスの剣」

前にも書いたかもしれませんが、中山七里が直木賞候補に一度もなっていないのは何故なのか。賞に値するレベルではないのか?本人が拒否しているのか?文春から本を出していないからか?などなど考えたのですが、本作「テミスの剣」は文春発行本で三つ目の疑問は無くなりました。真の理由もネット検索したのですが、何も見当たりません。物語が出来すぎているからなのか?

さて、本作「テミスの剣」は、冤罪と司法という重いテーマを扱った作品で、かつ文春からの発行ということで条件は揃っているものの、残念ながらノミネートもなし。

本作の主人公は埼玉県警の渡瀬刑事。彼が若いころに経験した苦い冤罪事件。それが先輩刑事の強引な操作や取り調べの結果ではあるものの、自分もそれに加担したことは間違いない事実。真犯人が分かった時点で、警察、検察、裁判所などの刑事司法は隠ぺいを図るが、渡瀬は真実を公表することを決断。大スキャンダルに発展し、関係者の大量処分となるが、渡瀬に処分はなく、これを教訓に真実の追求に努めることになる。

それにしても、冤罪がどうして生まれるのかを教科書のように描く本作。血の付いたジャンパーが後から証拠として付け加えられるなどの事象は、袴田事件のみそ蔵を思い浮かべる。鳴海という先輩刑事の強引で長時間の取り調べは典型的な暴力と懐柔、誘導であり、可視化されていれば証拠には採用されないもの。そして県警の隠蔽体質と、告発者への無視は無言の圧力となり、普通の神経では渡瀬刑事は持たないであろうことが想像されます。警察や検察が、過去の冤罪をなかったことにした事例は、おそらく、現実にたくさんあるのではないかと想像されます。

最後になって、渡瀬が冤罪の資料をかつて預けた検事が、冤罪事件の目撃者として出てくるのはあまりにも出来すぎたどんでん返しと言わざるを得ませんが、これはご愛敬。

本作はあくまで冤罪事件がいかにして生まれるか、そして実際に冤罪を晴らさないまま死んでいった人が何人もいることを訴えている、刑事司法に対する警告の書でもあるのではないでしょうか。その意味でも、読み応えのある作品でありました。

今日はこの辺で。