柚木裕子「慈雨」

孤狼の血」、「盤上の向日葵」など、話題作を発表し、脂の乗り切っている女流作家、柚木裕子さん。「慈雨」は、地味な作品ですが、読みやすい小説でした。
群馬県警を退職した刑事が、自分がかかわった事件の被害者に祈りをささげるために、妻と四国88カ所のお寺周りの巡礼の旅に出る。そんなさなかに群馬で少女殺害事件が発生し、かつての部下の若い刑事から情報を電話でもらいながら、一緒に事件解決を図っていくというストーリー。
自分が16年前にかかわった少女暴行殺害事件と犯行内容が似ているため、同一犯という読み筋を立てるが、そこには16年間の空白があり、はたして同一犯人なのかが一つの謎。もう一つは、軽自動車を使用したと思われるが、その車が防犯カメラなどでもとらえられていないという謎。
後者については、軽四輪をトラックにどうやって乗せたのか?という無理筋があるものの、ご愛嬌か。
16年前の事件は、すでに犯人が服役しており、服役囚の冤罪という要素も含まれています。主人公の元刑事は、16年前に冤罪の可能性を主張するものの、警察幹部に拒否され、今でもそれを自分の犯した誤りとして後悔しているという筋書きだが、こんな警察官が今時いるのか?冤罪を作り上げた司法警察・検察・裁判官が責任を取ったという話は、聞いたことがない。柚木さんの当然承知していると思うが、この辺の司法の狡猾さをもっと強調してもらいたい部分もありました。
なお、この冤罪犯は言うまでもなく足利事件の菅家さんがモデル。ただ、この小説で気になったのは、冤罪犯には少女への猥褻行為の前歴があったという表現があり、これは誤解を与える表現ではないか?
モデルが足利事件の菅家さんであることは明白で、小説内に前科があった旨の表現があれば、読者は菅家さんにも前科があったのか、だから逮捕されたのか、という誤った情報に支配される可能性があります。この辺は注意すべき表現と思われます。
今日はこの辺で。