町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」

2021年の本屋大賞を受賞した町田その子さんの「52ヘルツのクジラたち」読了。今の小説や映画は、いじめ、虐待、セクハラ・パワハラ、DV、ネグレクト、LGBTなど、人間間の差別や孤独を扱ったものが非常に多く見受けられるが、本作は、そのほとんどの要素を包含して読者に訴える作品で、こうしたテーマが極めて普遍的に人間の心を揺さぶるからこそ、本屋大賞の受賞につながったのでしょう。確かに文章や物語の構成に、文壇の批評家たちにはつたない面が目に付くかもしれませんが、話自体は心に響くものがあります。

主人公のキナコさんこと三島貴湖さんは、母親と義父から虐待を受け育ち、その義父が難病(ALS)にり患してからは、その介護を一手に引き受けさせられる。それを3年間続けたが心身共に疲れ果て、自殺する寸前のところで、高校時代の親友である美晴さんと、アンさんこと岡田安吾さんに助けられる。特にアンさんからは、自分の人生をもう一度やり直すべきとの優しい励ましを受け、母親や義父から解放してくれる。就職もして自立しているなか、美晴やアンさんとの交流も続け、新しい道に進んでいたが、アンさんに対しては、尊敬の対象としか考えられず、働く会社の社長の息子が初めての恋人となり、全く新しく、広い世界に導いてくれることを信じて付き合う。その恋人とアンさんが会う機会があり、それ以後、アンさんは学習塾を辞め、恋人は人が変わったように暴力まで振るうようになる。実は、アンさんはその恋人に婚約者がおり、キナコを幸せにはできないと見抜いていたのだ。そして、アンさんは実はトランスジェンダーで、身体は女でキナコを愛することに躊躇していたのだ。それに気づかないキナコは、愛人であっても恋人と離れない態度をとってしまう。アンさんは苦しんで自殺し、そこで初めて自分の間違いに気づく。自分を責め続けるキナコは人との関係を断つつもりで祖母が死ぬまで住んでいた大分の片田舎に移り住む。

その田舎で会ったのが、母親から虐待を受けていた中一の少年。キナコは、少年に近づき、守ってやることを決意する。キナコは、アンさんの無言のSOSに気付けなかったことを悔い、少年の無言の訴えを受け止めて、母親や祖父から解放することがアンさんに報いる唯一の道だと考え、それを実行していくのだった。

キナコさんも少年の愛(いとし)君も、親から虐待やネグレクトを受け、更にキナコは恋人からDVを受け、愛人を作ることに何ら後ろめたさを持たないジェンダー差別もあり、そしてアンさんが親にもカミングアウトできない性自認に悩み自殺までする。そんな彼ら彼女等は、みんな差別を受け、孤独を味わい、死を考えるのである。

重いテーマではありますが、ラストには光が見えて、いい人もたくさん描かれて救われました。

今日はこの辺で。