辻堂ゆめ「山ぎは少し明かりて」

辻堂ゆめさんはまだ32歳の若い作家。東大卒で既に何作かは文学賞の優秀賞やを受賞。「トリカゴ」では大藪春彦賞を受賞している有望作家。近い将来には直木賞を受賞する作家となることが期待されます。そんな辻堂さんの長編「山ぎは少し明かりて」は、女性三代の物語。普通三代は古い方から順番に時を下っていくのですが、本作ではまず孫が登場し、次に娘、そして最後が娘の母親が登場するという変わった趣向を凝らしています。

第一章で登場するのが石井都さんという大学生で、これが今の話。彼女は就活に有利になることを目的としてイタリアへの1年間の留学をするが、1カ月でリタイヤし帰国。その後は引きこもり状態が続く。母親はそんな娘にイライラを募らす状態。都さんには大学の同級生の恋人がいて、彼は長野市のリンゴ農家の息子。長野市に豪雨が襲い新幹線の車両基地が水没した記憶はまだ新しいですが、その時に彼の消息が取れなかったことから、都さんはいてもたってもいられず長野に向かい、結局そこで12日間のボランティア活動をすることに。家や畑が水没するという事態に対して、後に続く話の骨子を暗示します。

第二章で登場するのが都さんの母親、石井雅恵さん。彼女は夫が会社を辞めてしまい、主夫状態になったこともあり、バリバリに働いてきた。今現在は営業部長だが、定年まじかにもかかわらず、バリバリ働くキャリアウーマン。そんな彼女の不満は夫とのコミュニケーションがなく、娘は引きこもり、会社では若手の力不足を憂いている。あまりに仕事もできるし、隙がないことから、逆に周りから敬遠されているような状態。そんな彼女には、かつて生まれ育った山間の集落から一日も早く抜け出し、都会で生活をしたいという願望があり、彼女の母親や父親との間に確執もあり、それが定年まじかの今になって、後悔を感じるものがある状態が描かれる。

第三章の雅恵さんの母親である佳代さんの物語が本作のハイライト。戦前生まれで戦争も経験してきた雅恵さんには、幼馴染の孝光さんという好きな人がいたが、彼は戦場に赴き、終戦後もしばらく行方知らずだったが、無事に村に帰還。相思相愛で結婚して幸せな時を過ごす。生まれ育って今も暮らす瑞ケ瀬地区は人口千人ほどの小さな集落だが、自然に恵まれ、土も水も良質で、農業には最適地。佳代さんも孝光さんもこの土地をこそが恵の下だと考えていた。そこにダム建設の計画が持ち上がり、二人は強硬に反対運動を繰り広げることに。最初は賛同する人が多かったが、次第に反対者が減っていき、最後は夫婦二人だけになってしまう。娘の雅枝さんは最初からこの土地を出たいと望んでいただけに、親と反目する。結局強制執行までされる中、孝光はある日突然消息を絶つ。佳代さんは夫の行方不明に疑問を持つが、ついには死亡宣告まで受けることに。

辻堂さんは推理小説も執筆されていて、評価も高いことから、孝光さんの行方不明には何か権力なりが関わっているのではないかという佳代さんの考えを若干表現するものの、本作を推理小説とはしない。また、雅枝さんの章で、都さんが大好きなおばあちゃんについて、雅枝さんがあまり付き合わないのは、本当の母ではないから、という言葉が出て、ここでもミステリーなと嘘も出てきて、読者は何かを期待するが、最終盤でそれは明かされる。佳代さんは、孝光さんの消息が分からず、ダムは注水が始まり、移転先の家も完成するが、そこに移り住むことなく、瑞ケ瀬に小屋を建てて、移り住み、最後はダムの水に身を任せる。都さんがおばあちゃんと言っているのは、実は佳代さんの妹であった。

本作のダムのモデルは、神奈川県の宮が瀬ダムのようで、こうしたドラマがあったのかもしれない。宮が瀬ダムの計画が持ち上がったのが1969年で完成が2000年。なんと31年間もかかって完成している。

本作で辻堂さんが訴えているのは、生まれ育った土地に対する愛着は捨てがたく、そして豊かな自然を人間の欲のために壊してはいけないという警鐘なのか否かは不明ですが、なかなか読み応えのある作品でありました。

今日はこの辺で。