小野寺史宜「ライフ」

小野寺作品を4作読んで、彼の作風がわかってきましたが、本作「ライフ」もまた典型的な小野寺調の作品。

井川幹太さんは、江戸川区の荒川沿いのアパート、筧ハイツ102号室の住人。総武線白井駅が最寄り駅ながら駅までは若干徒歩で時間がかかる場所で家賃も安い。彼は大学入学とともにここに住んで8年以上が経過。大学時代は6室のうち4人が同じ大学の学生で楽しく過ごしていたが、卒業後4人は他に引っ越していき、今は彼一人。他の部屋の人とは全く交流がない。彼は最初大手のパン製造会社に就職したが、製造部門には行けず営業担当。2年間我慢したが上司と馬が合わず転職。次の会社も長続きせずに、今はコンビニのアルバイトで生活している。したがって、他に引っ越す余裕もないのが現状。こうして彼の経歴を見ると、辛抱のない青年というイメージだが、描かれるのは真面目な青年像。

筧ハイツの彼の部屋の上階に引っ越してきたのが騒音家族。一人の若い父親が住んでいるようだが、子供はたまに奥さんが連れてくる程度。その子供たちのドスンという騒音がまたたまらない。そんなある日、ひょんなことで2階の住人である戸田さんと知り合い、家族ぐるみの付き合いが始まる。更には1階の両隣の人達とも挨拶する中に。こうして、井川さんの生活に、コンビニだけでなくアパートの中でもコミュニケーションが生まれ、まさに「ライフ」が始まる。一見近寄り難い戸田さんは、実はいい人で、両隣の人達も自分と同じようにアルバイトのような仕事で夢を追いかけている。筧ハイツの大家さんもいい人で、更には高校2年生で一人住まいの郡君とも仲良くなり、井川さんの生活にも彩が生まれていくという展開が語られる。何か事件が起きるわけではないが、こうした他人との交流こそが人間の生活には必要なことであることを、小野寺さんは訴えているのではないか。その中で、隣の部屋に住むフリーライターの中条さんが亡くなってしまう(事件事故としては語られない)ことが唯一の悲しい出来事か。

小野寺作品には、確かに事件事故などのインパクトがある話は出てこないが、我々の生活の中の機微を丁寧に描くことにより、読者をひきつける魅力があることを、改めて感じました。

今日はこの辺で。