小野寺史宜「ひと」

小野寺さんの作品も今回初めて接します。タイトルの「ひと」は、人間の正しい生き方を教えてくれる話という意味でも非常に適切なもの。

主人公の柏木聖輔さんは、鳥取生まれの鳥取育ちだが、高校生の時に父親を交通事故で亡くし、大学入学後のついこの間に母を突然死で失い、途方に暮れる毎日。何とか鳥取で葬儀を済ませ、東京に戻ったものの、頼れる人は誰もおらず、大学を中退。住いの近くにある砂町銀座通りに店を構える惣菜屋の田野倉にアルバイトで就職。父親も料理人であったため、自分も料理人を目指すことに決意。田野倉の主人夫婦、従業員のシングルマザーの女性、4歳年上の映機さんと一緒に働くことに。お店の人は皆親切で気さくで面倒見がいい人ばかり。柏木さんも素直な方ですぐに店にもなじんで、金銭的にはぎりぎりの生活ながら、充実した日々を過ごす。唯一悪人として出てくる、遠い親戚筋の基次さんという鳥取から出てきた人には手こずるが、お店の人に助けられて何とか解決。

柏木さんは調理師免許を目標に、無遅刻・無欠勤で勤め、鳥取で同級生だった青葉さんにも再会し、恋心が芽生える。青葉さんは慶応の大学生と付き合っていたが、人間的な魅力で柏木さんが有利の情勢。

こうした登場人物とのちょっとしたやり取りやお付き合いが描写され、とっても優しい物語が展開される。そこには大きなドラマチックな出来事はないが、主瀬の親切な人たちや、大学でバンドを組んでいた二人の仲間たちとの貴重な人間関係が柏木君を成長させていく。そして、柏木君はお店の主人から後を継いでくれないかとまで言われるほどに信頼を勝ち得ていくのだが、最後に二つの決心をする。一つは田野倉を辞めて違うお店に就職してキャリアを積むこと、そして青葉さんをゲットすること。

馬鹿正直にも思える柏木君の人間性が、周りの人たちの信頼を勝ち得ていく姿が、とっても新鮮で、かつ頼もしい存在でありました。

今日はこの辺で。