薬丸岳「ブレイクニュース」

「天使のナイフ」で江戸川乱歩賞を受賞し、鮮烈に文壇デビューした薬丸岳氏も、既に中堅からベテランの域に達する作家となりました。中山千里氏のような多作ではありませんが、良作を数多く書いている推理作家。そんな薬丸氏の作品「ブレイクニュース」を読了。amazonの書評レビューでは投稿も少なく、否定的なコメントもあったのですが、読み始めると止まらない面白さがあり、さすがと思わせる作品。

マスメディアには未だに大きな影響力がありますが、インターネット・SNS全盛の世の中となり、ネットメディアの影響力も大きくなりつつあります。そんな世相をよく反映した作品であり、ネットメディアの大きな可能性をも予想させる作品という意味で、インパクトがありました。

本作は、ユーチューブで調査報道を行う野依美鈴が、マスメディアが伝えないニュースを大胆に取り上げ、次第に大きな影響力を持っていく姿を、7つの連作短編の形で表現しています。

「ブレイクニュース」は、野依のネット配信ニュースに対して、「週刊現実」というマスメディアの社員である真柄が、野依のやり方に疑問を持ち、その取材方法や配信の仕方を批判するものの、実はすべてマスメディアという硬直した組織にはできない、当事者、特に弱者に寄り添った報道をしていることの対比を赤裸々にしている話。児童虐待があったのか否か、その真相を野依は当事者からのダイレクトメッセージで全て知っていて報道していることであった。真柄という優秀な大週刊誌の記者も形無しの場面である。

「巣立ち」は、8050問題、すなわち80代の親が50代の引きこもりの息子を面倒見なけれなならないという社会問題に迫る。野依にダイレクトメッセージで80代の親から、息子の引きこもりをニュースで流してほしいとの依頼が来る。父親は元裁判官で、息子も司法試験を目指して勉強していたが試験に受からず、会社勤めもしたが長続きせず、それ以来20年近く引きこもり状態となってしまう。なぜ引きこもりになってしまったのかを、野依は取材しているうちに気づき、報道のおかげで社会に一歩踏み出すことになるという話。野依の取材のカメラマンをしている樋口も、実は引きこもり経験者であり、野依は彼をうまく利用するのであった。

「嫌疑不十分」は、杉浦という男が夜間の公園で女性に暴行した疑いで逮捕されるが、嫌疑不十分で釈放されるものの、逮捕されたことで仕事を失い、就職もままならない状態に陥る。杉浦は野依にダイレクトメッセージで、この冤罪による窮状を報道してほしいと依頼し、取材と配信を始める。野依は依頼を受ける際に、隠し事は一切しないことを約束させる。そして、野依の報道のおかげで、杉浦が本件では冤罪の可能性が大きくなり、世間もそれを認める。しかし、彼には大きな隠し事があり、それが本件の冤罪事件の要因でもあったことが暴露される。

「最後の一滴」は、貧しい家庭環境ながら、奨学金で大学に通い、アルバイトでギスギスの生活を送る北川詩織さんは、パパ活で生活費や授業料を稼ぐことを強いられている。そんな詩織が、ある日パパ活せざるを得ない状況となり、渋谷円山町で男と会うが、直前にある女性からハンカチを差し出される。そしてその女性がホテルで自殺したことを後で知ることに。野依はこの女性の自殺事件を報道することになり、詩織にも出演を依頼。野依が訴えたかったのは、男性優位社会の中、貧しい女性が苦しんでいる姿であった。自殺した女性は小学校の教師でありながら、大学時代の奨学金が800万以上あり、パパ活をしていたが、その時の男に心をズタズタにされるような言葉を吐かれたのが自殺の引き金になったことを訴える。

「憎悪の種」はヘイトスピーチをネット上で行っている集団を取材紙報道する野依。野依は詩織を取材のパートナーに雇い調査させる。その結果、その集団のアカウントは200以上あるにもかかわらず、実数は8名だけのグループと判明。その一人がシングルマザーの堀内沙紀。彼女は、自分の貧しく、未来のない生活をヘイトスピーチでうっぷん晴らししていることが判明。リーダー格の男も実は同じように中国人でありながら、外国人へのヘイトを行う人間であることが分かる。ネトウヨと呼ばれる集団があるが、こうした集団も実は極めて少人数の集団ではないかと想像させられた次第。

「正義の指」は、人気俳優の個人情報をネットに流してしまった旅行代理店の女性社員が、飛び降り自殺するが、足の複雑骨折で命は助かる。飛び降りの原因は、専門学校時代の仲良しの友人、宇都史恵が彼女の個人情報を流したことであった。史恵はその事実を知って驚愕するが、何とか自分をかばおうとするも、野依はこの事件を調査し、史恵の取材をする。史恵は自分も同じ苦しみを味わわなければと思い顔出しで取材を受けるのであった。

ハッシュタグ」は野依がネットニュースを手掛ける端緒となった大病院の医療過誤事件への取材。野依はかつてこの大病院の看護師で、大切な恋人が手術で失敗したにもかかわらず、病院はこの事実を隠蔽し、恋人はうつ状態となり自殺。野依は、自分が告発すべきだったことを後悔し、その後整形手術までして身元を隠し、ネットニュースの世界に入り、大病院への復讐を誓っていたのであった。

極めて今日的な題材を、うまく物語に表現できる才能が私にもほしいと、つくづく感じた次第でした。

今日はこの辺で。