米澤穂信「さよなら妖精」

米澤さんの原点とも言える高校生を主人公とした作品「さよなら妖精」ですが、本作にはのちの米澤作品のヒロインとなる太刀洗万智も高校生として登場する、ちょっと感傷的な作品。

本作で登場する高校3年生は、主役となる守屋路行、女生徒の太刀洗、白川いずる、文原竹彦、そして妖精ともいうべきユーゴスラビア人少女のマーヤ。

マーヤはユーゴのお役人の娘だが将来は政治家を目指している17歳の女性。そんな彼女が雨の中困っているところを守屋と大刀洗が見つけ話しかけると、2カ月間日本で過ごす予定だが、泊まるところがないとのことで、二人は白川いずるに頼んで、白川の実家の旅館に居候することに。そこから日本人高校生4人とマーヤとの交流が始まり、マーヤは日本語や日本文化を学んでいく様子が描かれる。したがってここまでは何の盛り上がりもない話。後半になってようやく、マーヤの母国、ユーゴスラビアで内戦が始まり、守屋はマーヤに好意を抱くと同時に触発されて、ユーゴについて学びはじめ、ユーゴスラビアがいかにして多民族国家として統一を保ってきたか、チトー亡きあと、共産圏の崩壊とともにユーゴが民族で構成されているのかを守屋なりに学び、ついにはマーヤが帰国する直前には内戦が勃発するという、不安定要素も加わり、守屋は個人的に自分もユーゴに連れて行ってくれとマーヤに頼み込むほど。しかし、マーヤはユーゴがこれから当分の間内戦が続くことを予想して、今は観光はできないと諭される有様。

マーヤはユーゴに帰国し、生徒たちは大学生になったが、ユーゴ情勢はいよいよきな臭くなり、守屋と白川は何とかマーヤと連絡を取ろうとするが、手掛かりが見つからない。その手掛かりを探す過程でユーゴ内の各民族国家の状況を学ばせる趣向があり、ここは大変勉強になるところ。

ただ一人、マーヤから住所を聞いていた大刀洗が、最後の場面で守屋にマーヤの家族からの手紙を見せられ、深い悲しみが襲うのであった。

現在はロシアのウクライナ侵攻という、正に大国による侵略戦争が独裁者によって悲劇をもたらしているが、当時のユーゴにあっても、6つの民族国家がそれぞれに独立を志向し、中には独裁者も現れ、凄惨なジェノサイド的な行為も見られたユーゴであったが、なんとかそれぞれの国家が独立国家として存立し、平静を保っているのは喜ばしいこと。しかし、未だコソボなど全面解決していない地域もあり、正にヨーロッパの火薬庫としての火種が残っているのは残念である。

ウクライナ戦争も、大きな悲劇を生んでいるが、いかなる停戦がもたらされるのか、そもそも停戦が可能なのか?ロシアの独裁者にすべてが握られているのが悲しい現実である。

なお、マーヤの送別会が行われるが、高校3年生が日本酒を生徒の家で、公認でがぶがぶ飲む光景は、どう見てもいただけないのですが。

今日はこの辺で。