「水俣病患者とともに 日吉フミコ闘いの記録」「四大公害病」

水俣病関連書籍の読書記録、今回は「水俣病患者とともに 日吉フミコ闘いの記録」読了。
水俣病のような大事件では、必ず生涯をかけて企業や行政、議会、更には社会と闘ってきた人物がいますが、日吉フミコさんもその一人。学校の先生から水俣市議会議員に転じ、議会や議会外で水俣病と向き合い、救済に向けた戦いを挑んできた姿が描かれています。特に市議会は、排出元であるチッソの影響力のある議員が多く、また歴代市長もチッソ関係者が付いてきましたが、そんな中、敢然と患者側に立った発言を繰り返し、かつ議会外では患者に寄り添い、水俣病市民会議の会長として、訴訟の先頭に立ってきた姿には感動します。特に、議会で患者への補償に消極的な市長や市議からその行動を批判され、懲罰動議を受ける場面で、釈明すれば回避するように言われても決してそれに従わず、患者第一の態度を貫き通す姿、長いものにもまかれない毅然たる行動力は素晴らしいの一言。
水俣病では、医師の原田正純氏、作家の石牟礼道子さんという、やはり信念を曲げない方がいますが、日吉フミコさんも、特筆すべき代表人物といえるでしょう。
今の自民党はじめ国会議員に爪の垢でも飲ましてあげたいと思うのは私だけではないでしょう。
千波のこの作品は、一緒に市民会議で戦った松本勉氏らの編著となっています。
次に読んだのが政野淳子著「四大公害病
水俣病新潟水俣病イタイイタイ病四日市公害を称して四大公害病といいますが、この4つの公害についてその発生経緯と訴訟での戦いをまとめた作品。この4つともに言えるのは、いずれも原因企業がその責任を認めずに解決までに時間がかかっていること(いまだ完全解決に至っていないのがほとんど)、そして自治体、国ともに最初は企業寄りの態度で患者を軽視してきたという歴史です。発生が1950年代~1960年代で、時はまさに高度成長時代。人間の価値よりも経済成長優先の社会風土があり、環境行政が貧弱時代。当時も環境庁はありましたが、その環境庁自体が企業寄り又は経産省の言いなりで、今考えればすぐに原因が判明するはずだったのに、どの公害も国が原因企業を特定するまで10年以上かかっているというお粗末。
今国会では財務省の決裁文書改ざんが大問題となっていますが、誰が改ざんを指示したのか、関係者に聞けばすぐわかるのに、役所は答えない、という構図によく似ています。日本の行政や政治は結局進歩していないのが現実なのだと、つくづく思います。
4大公害病では多くの人の命が奪われ、更に患者家族の生活は悲惨を極めました。そんな下々の実態を理解しない、しようとしない利益優先の企業と、自分の出世が第一の役人たち、そして最も悪いのは利権にあさる政治家。3つのゆがんだネットワークがある限り、日本の民主主義は表面的なものでしかないと感じざるを得ません。
今日はこの辺で。