額賀澪「青春をクビになって」

額賀澪さんの作品を読むのは初めてながら、胸が締め付けられるような内容で、読みごたえがありました。

主人公は瀬川朝彦さんという35歳のポスドク古事記を研究する博士で、大学院の修士、博士課程まで修め、とある大学の臨時教員をしている方。その瀬川さんが、1年契約の大学の臨時教員を更新しないと告げられる。これは収入がなくなり、このままでは生活していけなくなることを意味し、すぐに母校の教授に働き口を求めるが、文系の教員を募集しているところはほとんどない。そして、母校に行って会った10年先輩の小柳さんが、同じく働き口がなく、教授の研究室に居候させてもらっている現実を目の前にする。瀬川さんには栗山さんという大学の研究仲間がいたが、彼は既に研究と教員を諦め、一風変わった派遣会社を起業している。三人とも古事記日本書紀などの上代文学の研究が好きで、博士課程まで進んだ熱心な研究者だが、今の日本の大学では、居場所がないことを身に染みている。それでも何とか研究を続けたいという意欲もあったのだ。

そんな中、小柳先輩が母校の古事記に関する貴重な資料を持ち出して行方をくらます。無断で持ち出したがために窃盗犯となってしまう。その小柳さんの逃避行が「間章」という形で描かれる。彼はバスで広島に向かい、そこから古事記由来の土地に向かっていた。リュックの中には持ち出した古事記の資料が入っており、肌身離さず持ち歩いている。

瀬川さんは10年後の自分の姿を小柳先輩に投影せざるを得ない。

栗山さんが起業した一風変わった派遣会社は、レッタルフレンドという、主に個人の顧客の特別な要望に応える会社。瀬川さんも一時しのぎのために登録し、保育園の願書提出のために夜中から行列に加わる派遣や、就職氷河期で正社員になれず、ずっと非正規で働く45歳の男と一緒にライブに行く派遣などに行って、当人から身につまされる話を聞いて、いよいよ自分も考えなければとなる。

残念ながら小柳先輩は山中で骨で見つかる結果となるが、せめてもの救いとして、瀬川さんは第二の人生で出版社への就職が決まる。

作品の表題はコメディっぽく見えるが、内容は深刻な話。小柳さんも瀬川さんも、栗山さんまでもこの年まで独身で、まるで家族の生活感がない暮らし。いわゆるインテリでありながら、家族も持てないような境遇に置かれてしまう学術界とは暗黒の世界の様でもある。瀬川さんと栗山さんには、一日も早く家族の愛を感じてほしいものです。

今日はこの辺で。