馳星周「約束の地で」

「少年と犬」で久しぶりに涙を流してしまった私は、続いて馳さん作品「約束の地で」を図書館で手にしてしまい読了。「少年と犬」もそうだったように、連作短編風に、前作でちょい役で出てきた人物が、次作では主役あるいは主役並みに登場する形で、馳作品の特徴かもしれません。

「ちりちりと・・・」は、事業に失敗して死に場所を求めて故郷に舞い戻った堀口。地元の居酒屋で、思いがけずに知り合いと会い、堀口の父親が母や妹の死亡保険金や自分の退職金で5,000万円以上の金を持っていると耳にする。その金の一部でも自分に分けてくれたらやり直せると思い、その金を盗もうとして、父親に撃ち殺される。父親の浮気相手として名前が出る田中美恵子へとつながる。

「みやあ、みやあ、みやあ」は、田中美恵子が主人公。美恵子は夫と死別しても故郷には帰らなかったが、母親が認知症で介護が必要になったことから、仕方なく実家に帰り、母親の面倒をみるかたわら、夜は居酒屋でアルバイトの生活。母親の態度にストレスがたまる一方で、美恵子に好意を持つ居酒屋の客と関係を持つが、母親のことは話していない。関係を持った次の日からその男と連絡が取れなくなり、イライラは募る一方。居酒屋の常連客がその男に母親のことを話したため、彼女から距離を置いたのだった。常連客は謝罪し、その代わりに母親を老人ホームに入れることを提案し段取りしてくれるが、見学の日に母親は抵抗する。

「世界の終わり」は、前作の美恵子に好意を寄せていた土屋という男の息子が主人公。彼は妄想に取りつかれ、世界が終われば自分は再出発できると思い込み、先輩から脅されて買ったスクーターに乗って動物の骨を集めている。次第に見つからなくなったので、墓に収められた骨壺の骨をあさるようになる。そして、パトロール中の警官に捕まり、警官二人を殺してしまう。本作品中では最もわかり難い短編。

「雪は降る」は、前作で少年にスクーターを売りつけた雅史が主人公。雅は高校サッカーでプロのスカウトも注目する存在だったが、スクーターの事故で足を怪我してプロへの夢は消えて、高校卒業後もぶらぶらしている。そんな雅史のところに、1年先輩で憧れの美人だった美穂が函館まで車で送ってほしいと頼まれる。苫小牧から函館までのロードムービーが展開される。雅史は会話やしぐさなどから、美穂が何か隠していると思いだし、美穂が弟を殺したことを告白される。弟は東大を目指す成績優秀な高校生だが、自分に襲い掛かり、性的暴力をふるったというのだ。美穂は函館に用事があるわけではなく、警察に自首する覚悟を雅史との会話とやり取りで決める。憧れの美穂をいつまでも待っていると雅史は訴える。

「青柳町こそかなしけれ」が本作では最高作と思う小説。前作で、雅史が運転する車が、ほんの少し追突される場面があり、その車を運転していたのがちょっと怖そうな男、保。、本短編ではその保の妻、安以子が主人公。安以子は保のDVに苦しめられながらも、SEXの相性が良かったりすることから、別れられない。安以子の親友の恵理もまた夫のDVに苦しめられている。そんな恵理から緊急の電話連絡があり、安以子は恵理のもとに駆け付ける。恵理はひどい暴力を受け病院に入院。恵理から再び「夫を殺して、渡井は保を殺す」と訴える。その会話を保つは聞いていた。保はもう絶対に暴力は振るわないと安以子に言う。恵理が飼っていた子犬は夫に蹴り飛ばされて死んでしまう。夫は拘束されるが、結局恵理は夫との示談することで、夫は逮捕されない。安以子は子犬の葬儀を恵理から頼まれ、保と一緒に車で帰る途中、ラーメン屋で恵理の夫がいるのを見つけ、保はその男にひどい暴力をふるう。これを見て安以子は、いずれまた自分も保の犠牲になることを確信して、保と別れる決心をする。

本書のタイトル「約束の地で」が何を意味するのかは不明ですが、広い北海道の、その中の苫小牧という狭い地域を離れられない人の約束の地と呼ぶのか?