辻村深月「嚙み合わない会話と、ある過去について」

辻村さんが、過去の行為について、今その行為の罪深さを反省したり、あるいは強く追及される姿を描く4つの短編集「嚙み合わない会話と、ある過去について」読了。「噛み合わない」とは、過去の行為をした方とされた方の思いが、違っていることを指すのでしょう。

その典型的なのは「パッとしない子」と「早穂とゆかり」

「パッとしない子」は、現在人気絶頂のアイドルグループのメンバーの一人が、かつて通った小学校で出張授業を行い、当時そのアイドルを教えていた39歳の女性教師が会い、アイドルの青年がその教師に対して厳しく詰問する話。その教師は、小学生時代のそのアイドルが「パッとしない子」だったことを常々言っていることについて、その意味を厳しく問い詰める。その教師は全く自覚がなかったのだが、15年近く前はまだ若い教師で、アイドルの弟のクラスを担任し、目立つ子の言葉に喜んだりしていたことから、弟は不登校が続いていたこと、その弟は交通事故で亡くなったことなど、あなたのしていたことは罪深いことを厳しく追及。その追及を否定できないものの、自分にはその自覚がなかったことを言い訳にして逃げる自分をさらす。

「早穂とさゆり」も全く同じシチュエーション。さゆりさんは、独特の塾経営を行って成功し、テレビなどにも頻繁に出ている売れっ子。そんなさゆりさんを取材することになった地方の雑誌記者になっている早穂は、小学生時代の同級生で、当時は早穂がクラスの人気者で、さゆりは目立たない子。そんなさゆりは、何とか仲間を作ろうと霊感などの手段を使って人の目を引くようにする。そんなさゆりを邪魔者扱いしていた早穂は、インタビュー時にさゆりから過去の行為について徹底的に詰問される。自分には自覚はなかったが、仲間外れにされたさゆりにとっては、全てがいじめだったのだ。立場が逆転した今、逆にいじめにあっていることを自覚する。

「ナベちゃんのヨメ」は、大学時代のサークル仲間のナベちゃんから、結婚するという連絡があり、ついては花嫁さんが披露宴でコーラスしてほしいと要望してくる。花嫁となる人の素性を調べると、同じ大学をストーカー行為で退学した人であることがわかる。ナベちゃんを心配したサークルの仲間は心配する。コーラスを断ると、披露宴への出席も断られる。すべて花嫁の意向ということで、余計にナベちゃんの今後が心配になるが、ナベちゃんは大学時代、誰からも恋人としての対象にはされず、女性たちが都合よく使っていたのであり、今初めて女性に愛されていることを反省を込めて理解するのだ。

「ママ、はは」は、女性教師の住吉亜美さんが、母親に徹底的に抑圧されて育った話。亜美さんの母親も教師だが、全てにおいて抑圧的で義務的。そんな母親から離れたい一心で、他県の大学を受験し、一人住まいをしてきた。傑作は成人式の着物を買ってくれると言うので地元に帰り、気に入った着物を注文してくれるが、母親はすぐにキャンセルして、やっぱりレンタルになってしまう。その理由は極めて些細な事。今はそんな母親はおらず、継母になっている。

とにかく「パッとしない子」と「早穂とさゆり」の過去の行為について厳しく詰問される場面は圧巻。「いじめた方は忘れるが、いじめられた方は忘れない」といういじめの特徴をいかんなく表現したすごい作品だった。

今日はこの辺で。