古矢永塔子「ずっとそこにいるつもり?」

古矢永さんの小説は初めて読みますが、確か朝日新聞の書評欄に載っていたので、図書館に予約しておいたと思われる作品。5編からなる短編集ですが、大変味のある作品ばかり。

  • あなたのママじゃない:弥生さんは友樹さんと大学の映研で知り合いその後結婚。弥生さんは一般企業に就職したが映画関係の仕事が諦めきれず、小さな関係企業に転職し、夜昼ないような長時間労働で頑張る。友樹さんは大卒後も諦めきれずフリーのカメラマンの傍ら家電量販店でアルバイトの身。友樹さんが主夫として家事をやっているような形の夫婦。話の中で、盛んに役所に行った?僕が行こうか。私が行くよ。それと、引っ越しの整理がどうのこうのと言った会話が出てくる。これが暗示しているのだが、私のような鈍感な輩にはわからない。途中弥生さんが友樹の母親と仲良くなる場面もあり、いい関係なのかなあとも思うのでが、実は役所というのは離婚届けのこと。結局友樹さんは、妻が嫌いになったわけではないが、一緒に暮らすことが息苦しくなっていた。アルバイトから正社員に転じたのを機会に、離婚を申し出て、次の結婚記念日までは一緒にいることにしていたのだった。
  • BE MY BABY:健生さんは大学4年生で就職先も決まっていて、帆乃花さんという恋人もいて、帆乃花さんからは就職後一緒に住まないかと言われている。健生は、高校生までは母に育てられたが、大学時代はアルバイトをして学費や生活費を全て賄っていたしっかり者。そんな健生のアパートに美空という女が訪ねてきて暫く住みたいと言い出す。美空さんは誰なのか?池袋時代に同居していたというヒントはあるが、若い恰好をしていることぐらいしか教えてくれない。「大学入学式用のスーツに袖を通す前に、礼服を着ることになる」もヒント。まだわからない。最後、美空が妊娠していること、帆乃花さんが健生と美空さんが一緒にいるところを見て「おばさんじゃない!」と言って去っていく場面で漸く、美空が健生の母親で、美空がブラジル人と結婚したことが判明。
  • デイドリームビリーバー:峯田太郎さんは漫画家ながら8年間もブランクが続く。かつて高校生時代に東と出会って、東がストーリー、峯田が作画担当として売り出したのであるが、東が突然いなくなってからは、作画のアルバイトでぎりぎりの生活をしている今日この頃。そんなある日、東が施錠してある峯田の部屋に現れ、ストーリーをああしろこうしろ、主人公の少女の名前はサエコだなどと言い出す。これが夢か幻か。

突然話が飛んで佐藤サエコさんが登場し、禄でもない旦那からDVを受ける場面に。サエコさんは夫を突き飛ばして家を出て実家に帰り、その実家は東さん。私のようなジェンダーフリーに疎い人間には、東さんを女性としてみる目がなかったのですが、その物言いなど男っぽい表現につい騙されました。古矢永さんは前作でも騙されましたが、どこかに騙しのヒントがあることはあるのですが、そのだましのテクニックはさすがです。

  • ビターマーブルチョコレート:近森朱里は3歳の娘を連れて久しぶりに実家に帰る。母親が手を骨折したということで、夫からも薦められて帰る。実は夫婦の間にはぎくしゃくしたものがあった。朱里は結婚に際して母のことを看護師と嘘をついていた。夫の実家と釣り合わないことを卑下してもいた。実家に帰った朱里は、幼馴染ながら仲の悪かった団地の隣に住む真琴に出会う。真琴は勉強もでき、いい会社に就職していたが、親の介護があって仕事をやめ、実家の団地に帰っていたのだ。今は両親とも亡くなって、引きこもりのような生活。そんな真琴が朱里に声をかけ、朱里のことを年寄りのように覇気がないことをはっきり言う。高校生時代、朱里は真琴がいじめられているのを助ける立場で、今は逆転していることに気づく。真琴の言葉に刺激を受けて、夫や具父母へのへりくだりをやめることを決意する。
  • まだあの場所にいる:杏子さんは37歳の女子高の教師。出身高校に何とかコネで入って2年B組の副担任を勤める。副担任は若い担任教師の指導役。2Bのクラスに美月という少女が転校してきて、クラスで一番かわいいと言われるが、いじめ役の生徒と仲良くなる。その生徒は美月のことをかわいいと言って仲間にする。杏子さんは二人の関係を心配する。美月をいじめるために近づいていることがわかるからだ。杏子さんは同じ高校の卒業生だが、当時は今より30㎏も太っていて、いじめられていたのだ。終盤で分かることだが、美月は杏子さんと同じく太っていたのだ。だから生徒が杏子さんをダンスの仲間にすることを心配していたのだが、美月は杏子さんとは違い、もっと強い少女であった。彼女は堂々と学園祭で踊りまくって、可愛い生徒を追いだすようなパフォーマンスをしてくれるのだった。杏子さんは自分と同じ境遇と思って同一視していた自分の間違いにようやく気付く。

 

本作の5編とも古矢永さんの騙しのテクニックがどこかに隠されていて、どの時点で探り当てることができるかが、読者の能力でもあるのだが、鈍感のわたしはすっかり騙され、最後に気づくのがやっとでした。

今日はこの辺で。