伊兼源太郎「祈りも涙も忘れていた」

伊兼氏お得意の警察小説「祈りも涙も忘れていた」読了。この作品も400ページの長編で、もっと凝縮していただけないかとも思うのですが、こればっかりは、作者と編集者の領域なので読者は何とも言えないのですが。

V県警捜査一課管理官として赴任した26歳のキャリア警察官僚、甲斐彰太郎が、警察内部の内通者=スパイが誰なのかと疑心暗鬼しながら、地元経済界の大物による犯罪に挑戦していく物語。V県=兵庫県、神浜市=神戸市と読み替えて読み進めましたが、横山秀夫もそうですが、何故かAとかXとか分からないイニシャルを使い、都市名も架空で表すのはどうもげえません。もっとはっきり実名を出してほしいものです。

さて、甲斐は26歳ですからまだ入庁4年で、なおかつ現場第一線は初めて。本人も経験不足をしきりに頭で反芻するにしては、ずば抜けて考察力があり、次第にノンキャリアの上司や部下たちから信頼を勝ち取っていく。最初の敵になった消防事件の班長、岩久保をコテンパンに打ちのめす姿は痛快ではありますが、この放火殺人事件を手始めに、10人近い人間が次々に死んでいく展開は、いささかやりすぎの感。各事件は、全て地元の有力経済人または彼のグループ会社の人間に起因するのであり、いわば一本の糸でつながっているのですが、その大悪の人間が最後は悪人たりえない姿で死んでいくというのは、若干拍子抜けする展開。殺さなくてもいい人間が殺されてしまうのはやりすぎかと思った次第。特にバーで会う成海さんの正体が、かつて飯島グループに殺された三澤刑事の娘で、彼女がスパイだった渡辺警部補の紹介で飯島社長の秘書になり、最後は飯島と死んでしまう展開はありなのか?との疑問が生じます。火事の現場から甲斐が成海さんを背負いながら、二人の会話が長く続くのも非現実的。しゃべっている暇があったらもっと早く逃げれば、成海さんは死ななくても済んだんじゃないか、と邪推してしまう表現もありました。そんなわけで、伊兼節は健在ながら、人が殺され過ぎの小説でありました。

今日はこの辺で。