秋吉理香子「聖母」

秋吉理香子氏の代表作の一つである「聖母」読了。

作品タイトルの聖母でもある保奈美さんは、どうしても子供が欲しいが、初潮以降生理不順に悩み、子供を産むことが難しいとの診断。それでも諦めきれず、不妊治療に励み43歳で人工授精により子供を授かる。読者は保奈美さんの子供が薫という3歳の幼児であることを信じ込まされる。

保奈美さんの住む町で、男の幼児殺害事件が発生し、性器が切り取られるという猟奇的な殺害から、変質者の犯行との疑いが大きくなる、保奈美さんは、わが子の薫を守るために神経質になり、警察にもしつこく捜査状況などを聞くほど。

一方、真琴という高校生がもう一人の主人公で登場し、早々に幼児殺害事件の犯人が自分であることを読者に知らせる。保奈美さんと真琴の接点は何も明らかにされない中で物語が展開。ついには二件目の幼児殺人事件が発生し、これも真琴の犯行であることが語られる。したがって、本作の意図は犯人探しではなく、もっと別のところにあるのではないかという示唆が読者に与えられるのである。

本作では不妊治療の苦労が詳細に語られ、いかに大変なことか、そして無事卵子精子が結び付き子供が生まれてくることは一種の奇跡であることが謳われ、母子の強い結びつきが強調される。したがって、坂口刑事と女性の谷崎刑事の捜査の描写は、一種のお飾り。

蓼科秀樹という未成年の男が少年院から退院し、保奈美さんの町に戻ってきたことから復讐劇が始まる。真琴は13歳の時に秀樹から強姦され、それがために妊娠したことが明らかになる。13歳ながら秀樹という悪魔のような男の子供は産みたくない真琴だったが、母が「こどもだ産まれることは奇跡」という信念から、出産することになる。ここで初めて、真琴が保奈美さんの実子であることが分かる。生れた子の薫は戸籍上保奈美さん夫婦の子供として育てられたことから、保奈美さんが自分の娘の薫を心配している描写に齟齬はないのである。保奈美さんは母親として、実子である真琴を守るために、幼児殺しの犯人を秀樹に仕立て、秀樹の自殺工作も行い、真琴の罪を葬り去り、守り切るのである。

秋吉トリックにすっかり騙される読者も多く、私も完全に騙されました。

まずは真琴が男であるとばかり信じ込まされたこと。真琴の母親が登場する場面がありますが、それが保奈美さんだと示唆するようなものが何もなく、読めなかったこと。保奈美さんが秀樹を執拗に追いかけ、殺害までしたのは、病的なまでに薫を守りたかったからと信じ込みました。しかし、全て読み違いで、子供を守るためにはどんなことでもする、正に聖母の姿でした。「サイレンス」もそうでしたが、殺人を犯した人間が捕まらないラストは、ある意味痛快に感じてしまうのは、危険なことかもしれませんが、良く計算された、一風変わった推理小説に酔いしれました。

今日はこの辺で。