小泉悠「現代ロシアの軍事戦略」

小泉悠氏は、ロシアのウクライナ軍事侵攻以降、テレビの報道番組で頻繁に見るようになったが、それまでは全く名前を聞いたことのない学者。現在は東大先端科学技術研究センターの特任教授として、主に軍事・安全保障の研究をしていますが、本人によれば、子供時代からの軍事オタクが高じてこの分野の研究者になったとのこと。本書「現代ロシアの軍事戦略」は、2021年5月に発行されたが、1年弱の後にロシアがウクライナ侵略をするとはさすがに思ってはいなかったのでしょうが、随所に、侵略するかもしれないという考えを持っていたような印象を持つタイムリーな研究書である。

小泉氏によれば、ロシア・プーチン政権は、アメリカが本気でロシアの体制を転覆する画策をしていると信じて、恐怖心を抱いていることが伺える。その結果、プーチンは国内の言論や反政府活動への統制を強めていき、法律で締め付けていること、若者への徹底的な愛国者教育をシステム的に進めてきたとし、その根底には、放っておけば若者は西側思想に屈服してしまうという強迫観念を強く持っていることを語る。

そこで引用しているのがコロナパンデミックがすでに始まっていた2020年10月のプーチンの演説である。プーチンは、次のように言っている。

  • コロナ危機は国家の重要性を確認
  • コロナ危機は強い国家だけが生き残れる。強い国家=国民に信頼されていること。

   即ち、国民から選出された権力者に幅広い権限が与えられていること。

  • 市民社会の声は大切だが、外国の世論操作に影響されていないか見極めが大切。

これこそ正に、今のプーチンの頭を支配している独裁的な思想の表れに思える。

プーチンが考える抑止には、脅迫的威嚇行為を含むとされ、これが今世界を恐怖に貶めている「核の脅し」に他ならない。プーチンからすれば、核の脅しは戦略的抑止なのだと。

したがって小泉流に言えば、プーチンの核の脅しはあくまで抑止のためとなるが、後半では、実際にロシアが戦争状態になった場合は、戦術核の使用はありうるとも述べており、油断はできないようである。

一時言われたのが、プーチンはコロナが恐ろしいため人を近づけないという話。このコロナ危機と、クリミヤ併合後の西側の経済制裁原油価格低迷のトリプルパンチが、国民感情を悪化させ、プーチンの恐怖感を倍加したとも述べる。

ウクライナ侵攻の動機とされるドンバス紛争だが、プーチンウクライナのネオナチ勢力が親露派住民を虐殺しているというプロパガンダをロシア国内では相当前から行っており、多くのロシア人が今回の侵攻を肯定的にとらえているが、実際には民間軍事会社ワグネルやロシア正規軍もドンバスに動員されているのは事実との評価。

小泉氏は軍事の専門家らしく、毎年ロシア軍が行っている大規模な軍事演習を分析し、対テロ戦争NATOを相手にした全面戦争に備えた軍事演習も列挙し、ロシア軍の戦略を詳細に分析しているところ興味深い。その中には日本にも近い極東での演習もあり、当然に仮想敵国は米国と日本である。

最後にエスカレーション抑止について、プーチンは総合力で劣勢となり、追い詰められた場合には、人口希薄地への戦術核の使用もありうるとしているところが怖い。相手は核使用しないだろうとの観測に基づく抑止戦略だが、正に今ウクライナ戦争で起きうるかもしれない恐怖の戦略である。

2020年のロシア憲法改正で、プーチンは最長2036年まで大統領に君臨できことになり、更には不逮捕特権を持つ「国父」への道が開かれた。2024年に引退したとしても、国父として陰性が敷かれることをロシア国民並びに世界は覚悟しなければならないのである。

そんなわけで、本書はウクライナ侵攻を予想したようなところもあり、優れた研究書でありました。

今日はこの辺で。