林克明「プーチン政権の闇・増補版」

ノンフィクションライターの林克明氏は、チェチェン紛争を現地で取材し、ロシア・プーチン政権の闇を肌で感じて「プーチン政権の闇」を2007年に書いているが、今回のウクライナ戦争が、実はプーチンロシア帝国主義の発露となったチェチェン紛争にその起点があることを書き加えた「プーチン政権の闇・増補版」を2022年4月に執筆・発行した。

チェチェン紛争は、ロシアからの分離独立を目指したコーカサス人が、大ロシアに挑んだ独立戦争だが、プーチンが首相から大統領になるきっかけにもなった紛争で、彼はこの紛争を圧倒的な軍事力と、プロパガンダで制した。自作自演のテロ事件をも仕組んだという噂も絶えないこの紛争は、結局チェチェン人20万人近くが殺害されたともいわれる、いわばジェノサイト。ソ連邦崩壊後、エリツィン政権の無策も重なり経済的混乱が続き、大国から二流国家になったとして国際的にも軽視された1990年代後半のロシア。そんなとき突然現れたプーチンは、経済を立て直した功労者として絶大な支持を受けるとともに、独裁色を強めて今日に至っているのであるが、最初に成功体験がチェチェン紛争を制したこと。これで名前が知られ、トップまで上り詰めるのであるが、その後は政敵と反政権寄りのメディアを徹底的に弾圧し、多くの暗殺事件も発生して、ことごとくつぶされていく過程が描写されている。不思議なのは、これだけの政敵やメディア関係者が不審な死を遂げているにもかかわらず、ロシア国民は何か意図的な不正を感じ取らないのかということ。但し、そんなことも予想してか、プーチンは全国ネットワークの3大テレビ局はすべて国営にしてしまい、一部の中小リベラル系メディアも、今回のウクライナ侵攻をきっかけにすべて押さえつけてしまった。

林氏は今回のウクライナ侵攻を、チェチェン共和国大統領だったジャハル・ドゥダーエフが1995年当時のインタビューで予言したと書いている。その予言とは、

「国際社会はロシアによるチェチェン民族虐殺の事実から目を背けようとしている。この問題を見過ごすならば、大ロシア主義の矛先はやがてウクライナなど西へ向かう。その時になってヨーロッパは初めて世界は事態の深刻さに気付き、慌てふためくだろう」

ジャハル・ドゥダーエフ氏は、インタビューの4か月後に爆殺されるのだが、こうしたプーチンのロシアの本質を見抜いている周辺国家のリーダーがいたのであり、今もいるはずである。現に旧東欧諸国で現在NATOに加盟しているポーランドチェコスロバキアバルト三国などの政治家や国民は、ロシア帝国の復活を悲願とするプーチンの怖さを十分に知っているはずである。それに比べて、ドイツ・フランス・イタリアなどは、その肌感覚が分からないのかもしれない。

ロシアの反政府系メディア「ノーヴァヤ・ガゼータ」がノーベル平和賞を受賞したが、私なども、その勇気ある報道姿勢の実態についてそれほど興味がなかったのであるが、チェチェン紛争を取材した女性記者が暗殺されたり、副編集長も殺されたりと、大変な弾圧を受けていたことを本書で初めて知った次第。残念ながら、今回のウクライナ戦争で継続できなくなったが、それでも有志が頑張っていると聞く。ノーベル賞以上の価値があり、日本のメディアにそんな勇気があるのかと杞憂する次第。

林氏は、何らかの形でロシアの言い分を擁護する言論に対しては、はっきりと否定しており、私もそれには同感である。特にリベラル系の言論人で、NATO拡大がどうのとか、アメリカがどうのか言い連ねる輩は、最近のプーチンの発するあからさまな大ロシア復活の言葉をどう理解しているのか。とにかく恐ろしい人物を大統領に担いでいるロシア人の悲劇を思わざるを得ない。

今日はこの辺で。