白石一文「道」

白石一文氏が「ほかならぬ人へ」で直木賞を受賞したのは11年前。もうそんなに経つのかと、感慨深い思いですが、一時期は集中的に白石作品を読んだ覚えがあります。このブログで確認してみると、最後に読んだのが2018年12月で、作品は「ここは私たちのいない場所」。全くストーリーを覚えていないのですが、主人公は中年男性だったようです。

今回呼んだのが540ページの長編で、やはり中年男性を主人公とした「道」という作品。

いわゆるタイムトラベル小説ですが、こうした超常現象的な小説も今ではごく普通に読めるようになりました。よく直木賞の審査員選評で「あり得ないことを題材にしている」という批判的なものがかつてはありましたが、今ではそうした審査員の作家もいなくなったかもしれません。

さて、「道」は、実在した抽象画家、ニコラ・ド・スタールが書いたという「道」というタイトルの絵画(彼が実際に書いたのかはネットで調べた限り不明)を仲介して主人公の唐沢功一郎という50代半ばの食品メーカーの幹部社員が、この絵画を介して過去に戻って、自分の高校受験の失敗をやり直したり、家族の死を防いだりして、人生をいわばやり直す話。そして彼が最終的に感じるのは、たとえ一つの世界で不幸をないものとしても、その不幸と同じような不幸が時空を超えた他の世界でも出現し、「人間の人生で悲劇の総量は同じ」ということに気づくということか。

功一郎が最初に時空を超えるのが高校受験の失敗をなきものとしたい一心で絵画を見つめて再び受験会場に行くこと。そして彼は無事に白石氏の母校でもある県立福岡高校に入学して一橋大学卒業、今は食品メーカーの幹部社員となっているが、実は娘を交通事故で失い、妻は娘を失ったのを機にひどい鬱病にかかり、2度の自殺未遂も経験。妻の妹が同居してくれて、二人で妻の面倒を見ているという、いわば不幸な生活が続く。そこで功一郎は、再び絵画に頼って、娘が事故にあう直前の過去に戻って、娘の命を救うことに。その過去の世界では、妻は普通に活発にしているが、功一郎は妻の浮気を知ってしまう。そんな彼に次に襲い掛かる不幸が、妻の妹が脳梗塞で若くして亡くなるという悲劇。その妹に、前の世界で妻の面倒を看てもらうなどして功一郎は好意を寄せてもいて、彼女を救うために再び前の世界に戻っていく。こうしたあらすじの中に、夫婦関係や親子関係、娘の妊娠中絶やその相手の男性とのかかわり、功一郎の会社での仕事や娘を助けに行ったときに命を救うことになるアイドル女優との関わりなど、盛りだくさんに話が詰まっている。

そしてもう一つが、東日本大震災からコロナパンデミックまで、実際に起こった社会的事象なども盛りだくさんで、正に今を感じる小説になっているところが特徴。特に政治家の名前なども仮名ではなく、そのものずばりで表現されているため臨場感があることも分かり易いところ。ただし、こうしたタイムトラベル小説にありがちな複雑性はぬぐえず、前の世界、前の前の世界などの表現がいつなのかを迷ってしまう部分がありました。

こうした長編ながら、相変わらず白石一文氏の作品は読みやすい文章の為、何とか読了し、あらすじもよくわかりました。

今日はこの辺で。