中山七里「テミスの剣」

前にも書いたかもしれませんが、中山七里が直木賞候補に一度もなっていないのは何故なのか。賞に値するレベルではないのか?本人が拒否しているのか?文春から本を出していないからか?などなど考えたのですが、本作「テミスの剣」は文春発行本で三つ目の疑問は無くなりました。真の理由もネット検索したのですが、何も見当たりません。物語が出来すぎているからなのか?

さて、本作「テミスの剣」は、冤罪と司法という重いテーマを扱った作品で、かつ文春からの発行ということで条件は揃っているものの、残念ながらノミネートもなし。

本作の主人公は埼玉県警の渡瀬刑事。彼が若いころに経験した苦い冤罪事件。それが先輩刑事の強引な操作や取り調べの結果ではあるものの、自分もそれに加担したことは間違いない事実。真犯人が分かった時点で、警察、検察、裁判所などの刑事司法は隠ぺいを図るが、渡瀬は真実を公表することを決断。大スキャンダルに発展し、関係者の大量処分となるが、渡瀬に処分はなく、これを教訓に真実の追求に努めることになる。

それにしても、冤罪がどうして生まれるのかを教科書のように描く本作。血の付いたジャンパーが後から証拠として付け加えられるなどの事象は、袴田事件のみそ蔵を思い浮かべる。鳴海という先輩刑事の強引で長時間の取り調べは典型的な暴力と懐柔、誘導であり、可視化されていれば証拠には採用されないもの。そして県警の隠蔽体質と、告発者への無視は無言の圧力となり、普通の神経では渡瀬刑事は持たないであろうことが想像されます。警察や検察が、過去の冤罪をなかったことにした事例は、おそらく、現実にたくさんあるのではないかと想像されます。

最後になって、渡瀬が冤罪の資料をかつて預けた検事が、冤罪事件の目撃者として出てくるのはあまりにも出来すぎたどんでん返しと言わざるを得ませんが、これはご愛敬。

本作はあくまで冤罪事件がいかにして生まれるか、そして実際に冤罪を晴らさないまま死んでいった人が何人もいることを訴えている、刑事司法に対する警告の書でもあるのではないでしょうか。その意味でも、読み応えのある作品でありました。

今日はこの辺で。