一穂ミチ「スモールワールズ」

一穂ミチさんの、直木賞候補となった短編作品「スモールワールズ」読了。

6篇の短編からなる本作ですが、いずれの作品も感慨深いというか、読み応えのある作品でありました。

ネオンテトラ:主人公は既婚者でモデル業をやっている34歳の相原美和さん。彼女は妊活に励むがなかなか妊娠せず、夫が浮気していることも知る。そんな彼女が気が付いたのは、自宅窓から見える父親から厳しく叱責を受けている中学生の少年。この少年はよく家に来る姪と同級生であることも知る。美和さんは少年と姪が仲良く抱き合っているところを目撃し、姪が少年の子供を妊娠しないかと画策。それが当たって、姪が子供を産み、その子を用紙に迎えることに成功するというお話。ちょっと非現実的ではあるが、恐ろしくもありました。

「魔王の帰還」:野球一筋だった高校生が不祥事を起こして転校。彼は、その不祥事とは、野球部内で暴力にさらされている友達を助けるために、バットを振り回してしまったこと。彼のうちに、女性離れした堂々たる体格と精神力を持つ姉が嫁ぎ先から実家に帰ってくる。高校生はクラスで唯一の友だちである女性徒と親しくなる。この女性徒も義理の父親から虐待を受けたため祖母と暮らしていた。姉が嫁ぎ先に帰らないことを心配した母親の頼みを受けて、嫁ぎ先を尋ねた少年は、彼女の夫が不治の病となり、姉に迷惑をかけたくないと言って離婚届けを何枚も書いて渡していた。姉は心優しいため、最後は離婚せずに嫁ぎ先に帰っていく。姉弟ともに正義漢とやさしさがある感動的なお話でした。

「ピクニック」:今日は家族親族伴って楽しいピクニック。そんな家族にはつらい過去があった。主人公は英里子さんという既婚者。子供が生まれ、育児鬱のような状態が続くが、何とか10カ月を迎えるころには落ち着く。彼女の唯一の親である母親の手助けがあったからk乗り越えられたのだ。夫は単身赴任中で、母からたまには夫のところに行ってゆっくりしなさい、子供は私が見るからと言われ、英里子さんは言うとおりに夫のところに一泊する。その日、子供が死んでしまう。不審死の疑いがあり、面倒を見ていた母親に嫌疑がかけられ、母親の過去がさらされていく。英里子が2歳の時に、妹が突然死でなくなっていたのだ。警察もそのことを持ち出して母親を責め立て、妹のことを何も聞いていなかった英里子も母親に疑念を持つ。しかし、母が殺すはずはないと思いなおし、専門家の話も聞き訴え、母は釈放される。母はなぜ隠していたのかが語られる。実は2歳の英里子が、母が見ていないところで妹を人形だと思い、持ち上げて布団に落としていたのだ。だから母は何も英里子に話していなかった。そして、母はその幻影にとらわれ、孫を同じようにしてしまった結果が今回の悲劇だった。

「花うた」:冒頭が2020年の向井深雪から弁護士への手紙。それから2010年に遡って、新堂深雪から向井秋生、向井秋生から新堂深雪の往復の手紙のやり取りが続く。10年間の違いは、深雪さんの姓が新堂から向井になっていること。これは10歳違いで父親代わりでもあった兄を殺された深雪と、傷害致死でその犯人で5年間の服役をしている秋生との手紙のやり取りが作品となっている。弁護士から手紙を書いたらどうかと言われて書き始めた交流。最初は犯人の恨みつらみを書き綴る深雪。それを受け止める秋生。次第に深雪の恨みが消えていき、逆に秋生への親近感が増していく過程が手紙から読み取られていく。1年半ほど過ぎたところで、刑務所内での高校を受けたことから記憶が消えてしまう秋生。そんな秋生を気遣う深雪。そして5年の刑期を終えた秋生を迎えに行く深雪。その後秋生と結婚した深雪が弁護士に送る手紙。更に冒頭の2020年の手紙から30年後の弁護士から深雪に送った手紙。最後の手紙には、かつて深雪に約束した矯正プリグラムの最後の宿題である反省の言葉がひらがなで書かれていた秋生の言葉が添えられていた。

「愛を適量」:主人公は55歳の男性高校教師の須崎慎悟さん。バツイチ、一人暮らしで、担任も部活も持たない教科担任、情熱なしの教師で、同僚教師からも生徒からも疎まれ、それをよしとしている気楽な身分。そんな慎悟のアパートに、見知らぬ男が訪ねてくる。ぞんざいな言葉であいさつする男が誰かと思いきや、別れた妻が引き取った娘。娘は、自分はトランスジェンダーで、死別適合手術を受ける予定だが、母親に言うと追い出され、暫く置いてほしいと頼まれる。嫌とも言えず暫く一緒に暮らすことに。娘は何かと父親に身なりをもっと若くしろとか指示して慎悟さんもそれに逆らわずに幾分学校でも変わったなあと言われるようになる。慎悟さんは、前はバスケット部の顧問をして優勝したりして情熱を傾けたことがあったが、あまりに頑張り過ぎて事故を起こし、それ以来離婚したりしてすっかり変わってしまった。そんな父親に娘が最後にあったときに、娘は自分が初潮を迎えたことが嫌でしょうがないと告白されたことがあった。慎悟はすっかり忘れていたが、その時の慎悟の言葉は”自分は分らないから保健室に相談して”だったのだ。娘はそれをまだ覚えていて、手術代500万円をこっそり預金から引き出し、復讐する。慎悟はそれを思い出し、自由に使ってくれとしか言えなかった。

式日」:ここでの式日は葬式のこと。主人公は名無しの先輩と後輩の二人。ある日後輩から、父親が死に、誰も来る人がいないから先輩に来てほしいと連絡が来る。先輩と後輩は、かつて先輩が定時制、後輩が昼間学級の高校に通学していて知り合った仲。同じ机を使っていることから、紙でのやり取りが始まり、会うようにもなる。年齢は6歳違いで、今は交流がないが、葬式がどんなものか興味があり先輩は電車を乗り継いでいくことに。先輩は施設で育ち、中卒後働いていたが、高校に行きたくなり定時制に行き、後輩は父親の虐待にあって2年で中退した身。その父親が自殺したとのこと。二人は当時のことや今の気持ちを語り合うのだった。

直木賞にノミネートされ、受賞してもおかしくない作品だと私には感じたが、受賞は時の運なのだろう。

今日はこの辺で。