下村敦史「生還者」

下村氏が雪山登山での遭難生還者の苦悩を主題にした作品「生還者」読了。正に生還者という題名が最適のミステリー。

主人公の増田直志は、父親と同じ法曹資格を目指して大学浪人中に、兄の謙一に誘われ、ボルダリング施設に行き、兄の恋人でもある清水美月にも触発されて登山にのめりこむ。エベレスト登山隊にも参加するほどの登山家となるが、兄を超えることはできない状況。そんな兄は4年前に、美月さんと冬の白馬岳登山に行き、美月さんを雪崩で遭難させる事故に見舞われ、兄は責任を感じた形で登山から離れている。最初の生還者はその兄。

その兄が4年の沈黙を破って世界第3の高峰、カンチェンジュンガに挑み、遭難して死亡となったが、増田は遺品整理しているうちに、ザイルが不自然に鋭利なもので切られていることに気づき、生還者の高瀬に近づく。高瀬は、増田の兄を含む死亡者4人を誹謗し、一人加賀屋というパーティーの一員だけを、自分を助けた英雄としてマスコミで持ち上げていた。そこえもう一人の生還者、東が現れ、高瀬の主張を真っ向から否定する。真実はどこにあるのか?増田は、雑誌記者の恵莉奈と共に、真相をつかむために高瀬を追ってカンチェンジュンガに赴き、死と隣り合わせの経験をしながら、高瀬から真実を聞き出すのであった。

本作で描かれるのは、登山のパーティーが遭難に会い、ある人は亡くなり、ある人は生還する場合に、生還者の持つ贖罪感、すなわち自分はどうして彼氏、彼女を助けられなかったのか、自分は生きてゆく資格があるのかという心に傷を抱え、苦悩する姿である。本作での生還者は増田の兄謙一、高瀬、東、加賀屋の4人であるが、いずれも心に深い傷を負った人たち。当然に世間は死んだ人たちには同情を寄せるが、生還者にはどこか冷めた目が向けられる。特に加賀屋は山岳ガイドとして、参加者の安全を第一に守る責務があり、生還の裏にどのような事情があるにせよ、人生の汚点として大きな傷となることは間違いない。2009年、北海道の大雪山でシニア世代のパーティーが遭難した事故がありましたが、その際にもガイドがかなりバッシングにあったことがありました。ガイドが判断を誤った事例として有名ですが、常に死と隣り合わせの冬山登山では、生と死の境目はほんのわずかということ。

山岳小説は数多くありますが、本作もなかなか面白い小説でありました。

今日はこの辺で。