天童荒太「迷子のままで」

天童さんらしい2作品からなる「迷子のままで」読了。150ページの短編2作品ということで、1日で読了出来ましたが、読んでいるうちに既読感が生まれました。特に2作目の「今から帰ります」はどこかで読んだ気がしたのですが、ブログ内にはないので勘違いかも。

表題作「迷子のままで」は、若い夫婦やカップルが子供を作ったはいいけれども、育児・子育ての大変さから、虐待やネグレクト、はては離婚して、また同じような男女がくっついて同じような悲劇が生まれかねない様子を描く。勇輔と瑛里は若くして結婚するが、勇輔は子供ができて2か月後には育児を妻任せに。結局瑛里とは離婚。瑛里は宏武と一緒になるが、子供がなつかないことから虐待死。勇輔も奈桜と暮らしだすが、子供がなつかず叩いてしまう。勇輔は瑛里との間にできた子供が虐待され死んだことを知って、自分には子供を育てていく資格なしとして、奈桜に別れを告げる。

虐待死事件が起こる典型的なパターンが語られ、勇輔が自分の子供が殺されたことに何の感情もわかないことから、自分には子供を育てる資格なしと判断。もし奈桜とそのまま暮らしていたら、勇輔も殺人者になったかもしれないという危ういところで救われたかもしれない。

「いまから帰ります」は、福島で除染作業を行うあるグループの人たちの話。田尾遥也と祥吾、リーダーのリーさん、ベトナム人のヴァンさんたちは、下請会社で除染作業を行っているが、明日は久しぶりの休みということで、街に繰り出す。ベトナム料理店に行くと、そこにはヴァンさんの知り合いがいたり、途中でヘイトスピーチの団体にあったりと、さんざんながら、遥也は予定通り懐かしの日本映画を見に行って、かつて震災で行方不明だった叔父さんを探しているときに見つけた女性徒の生徒手帳の顔写真にそっくりの女性と会う。声をかけて手帳を見せると彼女は涙を流して、行方不明の姉であることを告げる。二人は姉が映画ファンで、特に伊丹万作の言葉「騙されていた、と平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でも騙されるだろう」が好きだったことを知る。遥也は映画の構想ができてきたことを確信する。

本作には、リーさんという朝鮮人に対する差別や、ベトナム人に対する偏見なども語られるが、この伊丹万作の言葉が最も印象に残る。戦争で騙され、原発で騙され、しかし、何もなかったかのようにすっかる忘れてしまい、また同じことが起きても騙されるだけという、辛らつな警告が語られる、実は骨太の小説でありました。

今日はこの辺で。