有栖川有栖「捜査線上の夕映え」

岸田首相は「異次元の少子化」と銘打って、危機的な少子化に対応する構えを見せているが、異次元の具体策は全く見えてこない。内閣に少子化担当大臣が置かれているが、誰が大臣なのか知っている人はほとんどいなかったのではないか。主要肝いりで行う少子化対策ということで、やっと日の当たる場所に立つことになる小倉將信大臣だが、東大法学部を出て日銀入行、オックスフォード大学大学院修了の2年後には日銀を退職し、翌年2012年に衆議院選に当選し、今回が初の大臣となっているエリート中のエリート。こういう経歴の方が、果たして庶民の感覚を理解できるのか?決めつけることはできないが、今の非常事態ともいわれる少子化をストップさせる手立てを、首相から言われるのではなく、自分から知恵を絞って取り組みを見せてほしいものである。

有栖川氏の本作「捜査線上の夕映え」を読んで少子化について考えさせられたのは、犯罪社会学者、火村英生と有栖川ことアリスの二人が、事件解明のため瀬戸内海の小さな島に渡り、島の実情を聞く場面から連想が及んだため。本作の事件とは全く関係ないが、小説一般でも地方が舞台になるケースが登場すると、必ず人口が減っている、年寄りばかり、若者はみんな出ていく、子供が少ないといった話題が頻繁に出てくる。本作もその一つで、いかに地方に活気がなくなっているかが小説の世界でも垣間見える。本作に登場する架空の島「仲島」も例外ではなく、かつては400名いた人口が現在は200名、小学校は一つになり、旅館もなし等々。その中で、人間関係だけは濃密な世界である。

大阪で29歳の男が殺され、容疑者として男の恋人である歌島冴香、男から借金をしていた久馬大輝、歌島の親友で男に会いに行ったことが防犯カメラで確認されていた黛美浪の三人が浮かび上がるが、いずれもアリバイがあり、そのアリバイ崩しが難航。そんな中、黛を追いかけていた男、通称孔雀がもう一人の容疑者として浮かび上がる。その孔雀の正体を高柳真知子、通称マチコ刑事が吉水蒼汰であることを突き止める。火村はマチコがいとも簡単に孔雀の正体を突き止めたことに疑問を持ち、ついに黛、吉水、マチコが、瀬戸内海の仲島の中学校出身であることが分かり、火村とアリスは仲島に行き、そこで彼ら三人と同クラスであったゲストハウスの若夫婦二人の話から、事件の真犯人を特定する。

黛が突発的に男を殺害し、アリバイ工作のために中学時代のクラスメイトであった吉水に連絡し、吉水は彼女に献身する如く、その身体能力を生かしてアリバイ工作をするという結末だが、吉水が協力したのは中学時代の借りを返すためだったのか、それともいまだに黛に恋心を抱いていたからなのかがはっきりしない。更には、なぜ黛が男を殺したのか、男と彼女にどんなやり取りがあって、死に至らしめたのかがはっきりしない。あくまで火村の想像だけ。歌島を思っての突発的な犯行という動機がどうも弱いような気がするのですが、いかがでしょうか。

今日はこの辺で。