浅田次郎「兵諫」

浅田次郎の小説の範囲は極めて広く、現代物、歴史物、やくざ物、戦争物等々、どれも非常にレベルの高い作品であるが、その中で異色なのが中国の歴史物があげられる。本作「兵諫」は、その中国歴史物で、浅田氏が特にこだわってシリーズを重ねている清朝日中戦争時代の話が特に多い。本作は「蒼穹の昴」から始まるそんなシリーズの第六作目となる。

時は1936年、日中でクーデター未遂事件が相次いで発生する。日本では2.26事件、中国では西安事件である。すでに日本は、1931年に満州事変を起こして傀儡政権の満州国をけんっくしていたが、2.26事件をきっかけにして軍部の暴走が本格化していく。対して中国は、1927年から国共内戦が始まっていたが、中華民国蒋介石共産党と日本軍の両方と対峙せねばならず、主として共産軍せん滅を中心に動いていた時代。そんな中華民国において、1936年12月に発生したのが西安事件である。西安事件は、蒋介石とともに共産軍と日本軍と戦っていた軍閥の張学良が、今は内戦をしている時ではなく、日本軍と戦う時であることを蒋介石に迫る為、蒋介石を拘束した事件。結果的には蒋介石政権打倒はできなかったものの、国共合作がなり、1937年に発生した盧溝橋事件をきっかけに始まる日中戦争では、国共が日本軍と戦うことになる切っ掛けとなる大きな事件。

この事件の真相は、実は蒋介石が後にも語ることがなく、未解明なのだが、浅田先生は、独自の歴史観をもって2.26事件と西安事件を結び付ける形で本作を展開する。登場人物は多肢にわたるが、いわゆる歴史上の人物としては、中国側が蒋介石、張学良、周恩来など錚々たる面々、日本側は2.26事件の首謀者の一人である村中孝次、石原莞爾などが出てくるが、浅田先生が作り上げた?人物として、ニューヨーク・タイムズのジェームス・リー・ターナー朝日新聞の北村修治、陸軍大尉の志津邦陽を配置して、両事件を語る。

ハイライトは西安事件の首謀者を裁く軍事裁判でのやり取り。浅田先生はここでも架空の張学良の護衛官を仕立てて、事件の真相を語らせる場面。張学良がいかに蒋介石を尊敬していたか、そして中国の未来を思っていたかを切々と語らせる。

それにしても、日本の当時の軍部の暴走はひどいものです。帝国主義全盛時代ではあっても、戦争が当たり前にある時代の、日本と中国の違いというか、中国のおおらかさを描いているところは、浅田先生らしい。

今日はこの辺で。