米澤穂信「いまさら翼と言われても」

米澤さんは、昨年下半期に「黒牢城」で直木賞を受賞しましたが、ノミネート3回目での受賞ということで、まずまずの早さでしたが、受賞以前から堂々たるベストラー作家で、候補作になった「満願」や、「王とサーカス」など、骨のある作品をいくつも執筆しています。そんな中で、折木奉太郎という高校生を主人公とした学園ミステリーもシリーズ化されており、今回はその一冊である「いまさら翼と言われても」」を読了。高校生が主人公で、殺人事件などが発生するわけではない学園ものなのですが、さすがは米澤先生、こんなところでも才能を発揮されていました。

表題作を含め6つの短編が収録された連作。出てくるのはほとんど高校生で、折木、親友の福部里志、伊原摩耶華等々。

「箱の中の欠落」は奉太郎たちが中学生時代の話。生徒会長選で福部が選挙管理委員として立ち会った開票の場で、票数が生徒数よりも一クラス分、約40票多くなったというミステリーが発生し、折木に相談するという話。折木は冷静に投票システムを分析して、票が多くなった唯一の可能性を指摘し、その通りにある人間が工作していたことが判明する。誰が犯人かということは語られず、ひたすら折木の観察眼の鋭さが第一作で証明される。

「鏡に映らない」は、伊原摩耶華が中学時代の同級生に逢い、そこで折木の話が出て、折木という生徒の本性を探る話。中学3年生が記念品を作って学校に寄付するという伝統行事があり、折木のクラスでは大きな鏡とその周りの手作りの額を作ることに。額のデザインはクラスの中で一番絵が上手な女子生徒が書き、それを木に掘っていくという工程。ところが折木は、下絵に従わずに、全く違った構図で彫ったことで、クラス中の生徒から非難されたことがあったが、伊原はなぜ折木がそうしたのかを中学まで見に行き、とある女性生徒がその構図で侮辱されていることを知って、折木という男を見直すことになる。

「連峰は晴れているか」は、中学時代の英語教師だった小木が授業中にヘリコプターが飛んでいるのを見て、「ヘリコプターが好きだから」と口にしたことに関して、折木はとある疑問を持つ。実はその時近くの山で遭難事故があったことから、何か小木がそれに関係しているのではないかと不審に思うのですが、実はこのミステリーは本作では解決されず、あとの編でもこの話は出てこない。何か中途半端というか、あるいは続編があることを暗示しているのかもしれない。

「私たちの伝説の一冊」は、伊原摩耶華が主人公。伊原は漫画クラブに所属しているが、同じクラブ員から同人誌の発行をするので何か書いてくれるよう依頼される。漫画クラブは30人近くの大所帯だが、描く派と読む派に分裂状態。伊原は漫画雑誌に投稿するほどの描き派だが、構想を書いたノートが何者かに盗まれる事件が発生。そして先輩の元部員から呼び出され、同人誌なんで止めて、自分と一緒に本格的に描こうと誘われるのであった。

「長い休日」は、折木が休日の散歩でとある神社へ。そこで二人の女生徒と出会い、折木が女生徒に、なぜ自分が「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなけれなならないことなら手短に」をモットーとしているかを、小学生時代のエピソードから一人の女性徒千反田るいに話すのであった。

表題作「いまさら翼といわれても」は、前作に登場した千反田るいが、合唱コンサートに出るはずが約束の時間になっても現れず、折木、福部、伊原が彼女を探すが見当がつかない。彼女と一緒に会場に一度は来たという年配女性は必ず来ると言っている。折木はその女性が何かを知っているのではないかと彼女から聞き出して、そこに向かう。るいの実家は菓子店を経営しており、彼女はそこで働くと決めていたが、親から継がなくてもいいと言われ悩んでいたのであった。正に、「いまさら翼といわれても」の心境なのであった。それにしても、それを見抜いた折木の観察眼は天下一品ものでありました。

今日はこの辺で