宮内悠介「かくして彼女は宴で語る」

宮内悠介氏の作品に触れるのは初めて。朝日新聞の書評欄に掲載され、評者が絶賛していたので妻から図書館に予約してほしいと頼まれ、ようやく図書館から連絡があり妻が最初に読み、その後私が読み終わった「かくして彼女は宴で語る」。

登場人物はいずれも実在した画家や詩人等の芸術家で、詩人で医学者の木下杢太郎を語り部にした、ちょっと変わったミステリー小説。彼らがほぼ20代のころの明治40年代、ちょうど日露戦争後の時代を背景として、彼ら若い芸術家たちが「牧神(パン)の会」というグループを作って、浅草の料理屋「第一やまと」に集まって、西洋料理と酒を味わいながら、未解決事件の犯人探しをするという趣向。六話からなる連作短編ながら、登場人物は木下杢太郎をはじめ北原白秋石井柏亭山本鼎森田恒友(以上は第一話)など。第五話には石川啄木まで登場し、興趣豊かな味わいを見せる。

第一話~第五話までの会の推理は、各自が思い思いの推理を繰り出すが決定打がなく、そこに現れるのが料理屋の賄をしているあやのさん。彼女が給仕をしながら推理に聞き耳を立てて、「一言よろしゅうございますか」と言って部屋に登場し、見事に事件の真相を解き明かすという趣向。第一回の集まりの事件は日露戦争の英雄である乃木将軍をかたどった菊人形に刀が刺された事件。この犯人を見事な推理を解き明かして以降は、第二回の印刷局勤務の男が浅草12階ビルから転落死する事件、第三回の外交官の妻が初産で子供を無事に生むが、その子の臀部と目が無残にも切り取られていた事件、第四回の上野で開かれていた博覧会の台湾館で、発砲事件が起きて軍服を着た男性が死亡した事件、第五回の駿河台にあるロシア正教ニコライ堂で起きた牧師殺害事件。この第五回には石川啄木が登場し、金にはルーズでいい加減だが、憎めない性格であることを表現しているところが面白い。また、たまたまであるのでしょうが、当時のロシア正教が、日露戦争の影響で日本では肩身が狭い思いをしていたことも描写されます。今日と重なる部分があります。最後の第六回は、森鴎外が遭遇した四谷にあった陸軍士官学校の校長が自殺した事件と、同じく四谷にあった貧民窟で発生した女子児童の突然死の事件を会のメンバーが結び付けて、この事件だけはメンバーだけでその結論に至るという寸法。その答えは、あやのさんの推理と一致。そして最後に、あやのさんの素性が若き日の平塚らいてうであることが本人からの告白でわかり、更には森鴎外から木下杢太郎に対してのメモ書きの意味が明かされる。

宮内氏は、かなりの数の参考文献を紹介していますが、自殺した場面に遭遇したことが、鴎外の日記に記されていたり、その他実在の人物の日記などでパンの会が実際に当時行われていたことも事実のようだ。こうしたことを調べ上げ、小説としてフィクションにするのもまた、大変な作業であり、敬服する次第。

大正ロマンという言葉はよく使われますが、その走りの明治40年代当時の文化人の、どこかおおらかなところが感じられ、今よりも夢があったような気がしないでもない読後感でした。

今日はこの辺で。