川越宗一「熱源」

川越宗一氏は本作が2作目の作品とか。そして、初めての候補で直木賞をゲットするという快挙。底知れぬ可能性をまだまだ秘めているのか、それともこれからこの作品につぶされるのか?

本作「熱源」の序章と終章の舞台はサハリン=樺太の1945年8月15日前後。すなわち日本の敗戦時の領土であった樺太におけるソ連軍の侵攻場面におけるソ連軍の女性兵士クルニコワ伍長の動向が描かれ、その中間である一章から後生までの約370ページに描かれるのが、ヤヨマネクフを中心としたアイヌ人たちの苦難の歳月と、リトアニア生まれのP-ランド人ブリニスワフの祖国を失い流刑された苦難の人生が描かれる壮大な人間ドラマである。「熱源」というタイトルが直接作品の主題となるか否かは意見の分かれるところかもしれないものの、アイヌ人という樺太や北海道の先住民ながら、北からはロシア人に追い立てられ、南からは日本から追い立てられるという、いわゆる国家を持たない民族と、ポーランドという、西からは西欧・ドイツから追い立てられ、東からはロシアから追い立てられ、民族的アイデンティティーが常に脅かされていた人間を主人公に据えたところがこの作品の肝である。

ヤヨマネクフやブリニスワフは架空の人物ではあるが、当時の歴史的事象に絡めて、登場する金田一京介や大隈重信南極観測隊白瀬矗など、実在人物が登場し、アイヌ人とのかかわりを描いているところは一息つくところ。

本作では、それほどにはアイヌ人に対する差別の場面は出てこないが、南極観測隊に参加した二人のアイヌ人が寝る場所で別扱いを受けたり、「土人」という用語がまかり通っていたりと、端々に差別されていたことをうかがわせている。千島列島や樺太に住んでいたアイヌ人が、その領土自体がロシア領土になったり、日本領土になったりの変遷があり、北海道に移り住んだものは日本人となり、樺太や千島列島に残った人は今現在もロシア人で、彼らはロシアでどんな扱いを受けてきたのか。国家を持たない民族の悲劇は、中東のクルド人や、かつてのユダヤ人のごとく、民族としての苦難が付きまとうことをつくづく感じる作品でした。

今日はこの辺で。