阿刀田高「こころ残り」

短編の名人というか職人というか、阿刀田高氏の短編にはいつ読んでも味があるのですが、短編だけあって、私の頭に残っている作品はほとんどない。読んだその時にのみ、心にしみるだけに終わっている。そんなことで、私も短編小説の一遍でも作りたい願望から、阿刀田先生の短編の文章表現や組み立てを意識して「こころ残り」を読む。

標題の「こころ残り」という作品はなく、淡々とした12編の作品が収まった作品。そのほとんどが、「この後どんな展開があるのだろう」あるいは「これをさらに書き進めれば長編になるのに」といった残響を読者に残す意味で「こころ残り」という書名にしたのかもしれないと思った次第。

1週間ほどをかけたので、最初のほうの作品はほぼほぼ忘れているので、後ろのほうの作品の感想を若干。

「時間がない」は、22歳の若い女性が79歳の高齢の叔父の家に居候、デザイナーを目指して学校に通うが、学費や生活費のために銀座のクラブホステスのアルバイトにつく。この展開は、どちらかというと彼女の人生を悪い方向にもっていく兆しに見えるが、阿刀田先生は研究に没頭する叔父と、クラブに通う若愛女性を囲いたい客を重ね合わせ、いずれも高齢で老い先短いことで「時間がない」ことを表現したのだ。

「足引山異聞」は、定年で辞めたとたんに病気で亡くなった夫の、中学生時代の過去が、常々口にしていた故郷の山に隠されていたことを知る妻の話。足引山の形に似た石を大事に飾っていた夫への嫉妬なのか愛情なのか、その意思を自分の靴の形合わせにするところが落ち。

今日はこの辺で。