馳星周「ソウルメイト」

馳星周は直近の直木賞受賞者で、その作品が「少年と犬」。ご本人も北海道で犬を飼っていらっしゃって、相当犬がお好きなようです。「少年と犬」は未読なのですが、本作「ソウルメイト」は、もしかしたら「少年と犬」の先駆け的作品であったのかもと想像します。

犬の品種は数千種類ともいわれるほど多種多様。人間に最も愛されて来た動物であることから、長い間に人間によって品種改良がなされた結果でもあるのでしょう。そんな犬の7種類を標題にした短編小説が本作。ソウルメイトとは「魂の伴侶」というような意味で、人間と犬との愛情のある関係を描きます。出てくる犬種はチワワ、ボルゾイ、柴、ウェルシュ・コーギー・ペンブロークジャーマン・シェパード・ドッグジャック・ラッセル・テリア、バーニーズ・マウンテン・ドッグの7種。最初の3種は知っていますが、あとの4種は全く初めて聞く犬種。

「チワワ」は、定年を機に信州追分に移住した夫婦。奥さんの希望で飼ったチワワは、やがて旦那さんの貴重な心の友に。奥さんが末期がんで余命いくばくもない中、犬までもが体調を崩して去っていこうとしている。旦那さんは絶望的な感情を露にする。

ボルゾイ」は、小学生の少年になつかない犬を通して、母親の再婚相手のお父さんとの関係を作っていく話。

「柴」は、東日本大震災で亡くなった母親が飼っていた犬を探し出そうとする息子のボランティア活動のなか、ついにその犬を探し出す話。

ウェルシュ・コーギー・ペンブローク」は、飼い主から虐待を受けていたと思われる犬を飼うことにした奥さんが、ケージから出ようとしないその犬を、既に飼っている犬を利用して懐くように奮闘する話。

ジャーマン・シェパード・ドッグ」は、都会から軽井沢に移転してきた女性が、登山中に犬を連れた男性に会い、かつて犬にかまれたことから犬恐怖症となっていた女性が、警察犬をしていたという犬とふれあいを感じるまでの話。

ジャック・ラッセル・テリア」は、犬の性格を知らないまま買ったことから、ならすのにてこずった母子が、別れた旦那になつかすための出立てを頼み、子供がお父さんと一緒に暮らしながら、犬を鳴らしていく話。

「バーニーズ・マウンテン・ドッグ」は、正にソウルメイトにふさわしい、犬と一心一体になって癌にかかったソウルメイトの犬を看病しつくす話。

この小説を読んで親しみがわいたのは、長野県の軽井沢や追分、東御市など、私の生まれ故郷に近い場所が舞台になっていること、そして教えてもらったのは、犬が「ボス」と決めた人間には決して逆らわずに、言うことを聞くこと。そして何より、犬に依存してしまう人間の心情がよく伝わってくること。

少子高齢化社会で子供のいない世帯が増えるなか、犬猫を飼って子供のようにしつけ、子供のようにその犬猫に依存してしまう人間はますます増えるのでしょうか。

今日はこの辺で。

映画「海の上のピアニスト」

 

ニュー・シネマ・パラダイス」の監督として有名なジュゼッペ・トルナトーレ1998年に作ったイタリア映画「海の上のピアニスト」を下高井戸シネマ23日鑑賞。

1900年に大西洋航路の豪華客船内で生まれ、船内に捨て置かれたことから、1900(ナインティーン・ハンドレット)と名付けられた赤ん坊。その赤ん坊が船内で育ち、天才的なピアニストとしての才能を見せるものの、一度もその船から下船することなく、その船の破壊と同時に生涯を閉じるという、はかない物語。「ニュー・シネマ・パラダイス」が、あまりにも名作で有名なことから、どうしても比べてしまうのが常。

決して実話ではなく、ジュゼッペ・トルナトーレが脚本も書いた寓話的作品。一緒に船内のバンドで働いた同僚のトランぺッターの思い出話として語られるが、もう一つ盛り上がりに欠ける作品と感じました。彼が下船しなかった理由が、船という狭い社会しか知らないため、陸に違和感を感じることは、今の引きこもり的世界観を表現しているとも感じました。

今日はこの辺で。

 

諸田玲子「其の一日」

諸田玲子作品は「氷葬」に次いで二冊目。本作「其の一日」は連作短編が4作からなり、連作の主題は、主人公たちにとっての重要な「一日」をめぐる話で構成されるもの。

「立つ鳥」、「蛙」、「小の虫」、「釜中の魚」の4篇から構成されますが、ここでは「釜中の魚」についての感想。

井伊直弼は、言わずと知れた幕末における幕府の大老であり、長く続いた鎖国を開国し、尊王攘夷派を安政の大獄で処罰し、最後は「桜田門外の変」で暗殺された人物。NHK大河ドラマの第一作目の主人公ともなった、花のある人物。「釜中の魚」は、井伊直弼が若かりし日に恋仲になった女、可寿江を主人公に、水戸藩の不穏な動きを察知して、安政733日の「桜田門外の変」の当日まで、彼女が井伊を心配して暗殺を阻止しようとする行動と思いを描きます。

江戸幕府の政治は、将軍を頂点として現在の閣僚級の老中が中心となって運営してきたのですが、大老職は臨時に老中の上に設けた職で、就けるのは井伊・酒井・土井・堀田の4家に限定されていたとのこと。大老はどちらかと言えば元老的存在で、いわば顧問役。従って名前が有名なのは井伊直弼ぐらい(大老格として柳沢吉保は必見派として有名ですが)。ペリーが来航し、日本の危急の時代であったがために、大老として幕府のかじ取りをせざるを得なかった背景があります。

歴史に「もし」は禁物ですが、あえて、もし井伊直弼が暗殺されていなかったら、幕末・維新の時代はどうなっていたのか。大変興味があるところ。安政の大獄で徹底的に攘夷派を弾圧・処刑した井伊直弼がそのまま力をもっていたならば?大変興味があるところです。

本題をそれましたが、本作の井伊直弼は、可寿江という女の昔の恋人、今の守るべき人としか描かれませんが、命を守れなかった其の一日を、不吉な思いで迎えるところで幕が下りました。

今日はこの辺で。

 

岩瀬達哉「われ万死に値す ドキュメント竹下登」

今の菅首相のアピールポイントは、「雪深い秋田の農家に生まれ、集団就職同然の形で東京に出て、働きながら大学へ行き、たまたま縁あって国会議員の秘書になり、市議から地盤・看板・鞄のない中で衆議院議員になった」である。歴代自民党政権で、こうした非二世議員で首相にまで上り詰めた人は確かに少ない。その中で菅と重なるのは、田中角栄ではなく、竹下登ではないかと感じる。

竹下は戦前に山深い参院島根の小さい村から早稲田大学に進学していることからも分かるように、地方の素封家の生まれで、父親も名誉村長を務めるなど、政治には縁があった。戦後島根に帰り、すぐに県会議員になり、二期務めて衆議院議員になるあたりも、菅首相に似ているところがある。「言語明瞭、意味不明瞭」なところも、最近の国会中継を見ているとそっくりである。そして、最高権力者になるしたたかさを持っているところは極めつけ。

竹下登というと、中曽根後継問題の時、右翼団体「皇民党」による「ほめ殺し」の街宣にあい、相当苦しんで首相の座をつかんだことで有名ですが、本書では、早稲田大学時代からリクルート事件で首相を辞任するまでの生きざまが描かれます。

当時、中曽根後継は竹下、安倍晋太郎宮澤喜一の三人に絞られていましたが、中曽根の後継指名で竹下になった経緯があります。その使命を受ける前段では、田中角栄からの派閥離脱・乗っ取りもあり、当時の自民党ではすさまじい権力闘争があったことがうかがわれますが、今の自民党は様変わり。

竹下には学生時代に結婚した最初の妻の自殺と、リクルート事件に絡んで自殺した秘書の青木伊平氏という、二つの自殺が暗い影を落としています。いずれの自殺も、死の直前に竹下本人が二人に対して強く叱責していたとのことで、竹下の怖さを垣間見る思いがします。皇民党事件に関する国会の証人喚問で「われ万死に値す」の言葉が出たのですが、二人に対する食材の意味が強かったのでしょう。

本書で強調されるのは、やはり政治と金の問題。公共事業を誘致して選挙区の地盤を強固なものとし、自分の意にかなう人間を地元の主張や、派閥の幹部に据え、竹下王国のようなものを作り上げる手法は、やはり師であった田中角栄の影響なのか。

竹下登の生涯を顧みる本書で、菅首相の恐ろしさもまた見えた気がします。

今日はこの辺で。

 

韓流ドラマ「ハイエナ-弁護士たちの生存ゲーム-」

「シグナル」で硬派の女性刑事を演じたキム・ヘス主演の韓流ドラマ「ハイエナ-弁護士たちの生存ゲーム-」全16話をNetflixにて鑑賞。

どん底の少女時代を過ごし、苦学して弁護士になり、勝つためには何でもやるという女弁護士役をキム・ヘスが演じ、反対に良家に育ち、今は政治家や財界人をも動かす力がある弁護士事務所に勤める男弁護士のW主演で、丁々発止の生存ゲームを繰り返す法廷ドラマ。「シグナル」もそうでしたが、こうした硬派の役を演じたら最高に魅力が発散する女優さんでしょう。

このドラマで最大の悪役を演じるのは、イ・ギョンヨンという俳優。「ミスティ」では放送局の本部長で、今回は大弁護士事務所の共同オーナー。こうした大物役が似合う役者さんです。

今日はこの辺で。

 

映画「はちどり」「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」

1114日(土)はギンレイホールにて映画鑑賞。

韓国映画「はちどり」は、ソウル大橋が崩落し、韓国社会のひずみが世界的に話題となった頃を舞台とした、一人の少女の鬱屈した日々を描いた作品。漢文塾で出会った女性講師に影響を受け成長するのですが、その講師の女性がソウル大橋崩落事故に巻き込まれて亡くなってしまう場面も盛り込まれます。

映画自体は、私にとっては退屈でかなり眠気を誘いましたが、1990年代の韓国社会が描かれて興味をそそりました。その後の韓国は通貨危機などもありましたが、それを克服して、今や一人当たりのGDPが日本を追い越したといわれるほどに成長しました。

韓流ドラマや映画は世界中に販路を広め、今や一大産業に。クオリティー的にも完全に日本の映画やドラマを凌いでいます。この作品は私には不向きでしたが、今はハマっている韓流ドラマにはワクワクします。

「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」は、ある雨の日の若い恋人二人を追った、ウッディ・アレンらしい都会的な映画。ここに出てくるのは、ニューヨークの芸術家やハイソサイティな白人人種。淡々として雨のニューヨークを映し出しますが、どちらかというと何も残らない映画。感動も悲しみも涙もなし。あるのはちょっとした笑い。それでも、同じ様な作品をウッディ・アレンは取り続けるのですから、逆にたいしたものです。こうした映画を求めるファンが多いのでしょう。

今日はこの辺で。

 

柚月裕子「検事の信義」

柚月裕子さんの佐方検事シリーズ最新作「検事の信義」読了。前三作とも佐方検事の真実を追求する姿を描く短編集ですが、本作も同じパターン。検察組織という枠の中で、実際には、このような正義感溢れる検事さんがいるのか、自ら調査して事件の真相を掘り下げる検事がいるのか、甚だ疑問ではありますが、柚月さんの願望も含めて、検事はこうあるべきとの思いが伝わってきます。

本編においては第三作目の「正義を質す」と四作目の「信義を守る」が印象に残りました。

「正義を質す」は、作品的にはそれほど感動モノではないですが、佐方シリーズと孤狼シリーズがつながったところ、および検察の裏金作りという汚い体質を告発した当時の大阪高検環公安部長事件を取り上げていること。広島の暴力団抗争に絡めて、城島県警の日岡刑事が顔を出して、孤狼シリーズがつながり、高検の公安部長が出てきて、環事件につながります。佐方自身は東北のとある県の地検所属のため、広島との結びつけ方がやや強引ですが、柚月さんとしては、こだわりがあって結び付けたかったのでしょう。若干お遊び的要素が感じられます。

本編の最高作は最後の「信義を守る」でしょう。老いた認知症の母を殺してしまった息子に何があったのか、殺してから逃げたという本人の証言は間違いないのかを、2時間という逃亡時間に疑問を持ち、真相に迫ります。刑事部で懲役10年の引継ぎを受けて、公判部では通常はその通りに審理を進めて求刑するようですが、その慣例を裏切り、検事の仕事を「まっとうに裁かせるため」との信念から息子の親子の本当の関係を導き出し、検事が執行猶予付きの求刑をするという前代未聞の裁判。検察組織に泥を塗ってしまった佐方は、これからまっとうな扱いを組織の中で受けていけるのかが心配になります。警察の捜査を否定し、地検刑事部に逆らった佐方の今後を柚月さんがどう描くのか、第5作目を期待しましょう。

今日はこの辺で。