岩瀬達哉「われ万死に値す ドキュメント竹下登」

今の菅首相のアピールポイントは、「雪深い秋田の農家に生まれ、集団就職同然の形で東京に出て、働きながら大学へ行き、たまたま縁あって国会議員の秘書になり、市議から地盤・看板・鞄のない中で衆議院議員になった」である。歴代自民党政権で、こうした非二世議員で首相にまで上り詰めた人は確かに少ない。その中で菅と重なるのは、田中角栄ではなく、竹下登ではないかと感じる。

竹下は戦前に山深い参院島根の小さい村から早稲田大学に進学していることからも分かるように、地方の素封家の生まれで、父親も名誉村長を務めるなど、政治には縁があった。戦後島根に帰り、すぐに県会議員になり、二期務めて衆議院議員になるあたりも、菅首相に似ているところがある。「言語明瞭、意味不明瞭」なところも、最近の国会中継を見ているとそっくりである。そして、最高権力者になるしたたかさを持っているところは極めつけ。

竹下登というと、中曽根後継問題の時、右翼団体「皇民党」による「ほめ殺し」の街宣にあい、相当苦しんで首相の座をつかんだことで有名ですが、本書では、早稲田大学時代からリクルート事件で首相を辞任するまでの生きざまが描かれます。

当時、中曽根後継は竹下、安倍晋太郎宮澤喜一の三人に絞られていましたが、中曽根の後継指名で竹下になった経緯があります。その使命を受ける前段では、田中角栄からの派閥離脱・乗っ取りもあり、当時の自民党ではすさまじい権力闘争があったことがうかがわれますが、今の自民党は様変わり。

竹下には学生時代に結婚した最初の妻の自殺と、リクルート事件に絡んで自殺した秘書の青木伊平氏という、二つの自殺が暗い影を落としています。いずれの自殺も、死の直前に竹下本人が二人に対して強く叱責していたとのことで、竹下の怖さを垣間見る思いがします。皇民党事件に関する国会の証人喚問で「われ万死に値す」の言葉が出たのですが、二人に対する食材の意味が強かったのでしょう。

本書で強調されるのは、やはり政治と金の問題。公共事業を誘致して選挙区の地盤を強固なものとし、自分の意にかなう人間を地元の主張や、派閥の幹部に据え、竹下王国のようなものを作り上げる手法は、やはり師であった田中角栄の影響なのか。

竹下登の生涯を顧みる本書で、菅首相の恐ろしさもまた見えた気がします。

今日はこの辺で。