柚月裕子「明日の君へ」

柚月裕子作品を読むのも久しぶり。最近はやくざの広島抗争を描いた作品が話題ですが、私はやっぱり検事や家裁調査官などを主人公とした人間ドラマが大好き。そんな柚月作品で読んでいなかった一作が「明日の君へ」で、柚月作品らしい感動作でした。

主人公は家裁調査官補として、九州の福森家庭裁判所に実習に来た望月大地さん。家裁調査官も裁判官や検察官、弁護士と同じように、研修施設での集合研修と、実際の現場=裁判所等での実務研修を経て正式配属されるシステムのようで、大地さんも実務研修に福森まで来て、実際の家裁での事件調査を行うことになり、エピソードが5作の連作短編となっています。

第一話「背負う者」は、17歳の少女がホテルで男性からお金を盗んだ事件の調査。少女は母親と妹との3人暮らしで、高校にはいかずに普段はアルバイトの掛け持ちをしているが、なぜ彼女がお金を盗む行為に至ったのかを本人から聴取しても、彼女は何も語らない。大地は先輩からのアドバイスにより、現地調査を行う過程で、少女の家族3人がネットカフェを住まいにしており、少女が生活費を稼いでいることを知るに至る。大変悲惨な生活状況であり、盗んだお金は妹の治療費に充てていたという事情もかんがみて、保護観察処分にすべきと考えるが、上司は少年院への送致を主張。保護観察にしても少女の生活は変わらない、少年院で彼女を休ませることの方が一家にとってベターであることを悟る。

「抱かれる者」は、16歳の少年が同級生にストーカー行為をした事件。少年は十分に反省している様子で、母親も教育熱心で保護観察が適当と判断するが、一緒に実務研修に来ている同僚から、女性にとってのストーカー被害はそんな生易しい被害ではないことを主張される。大地は、彼女の言葉を重く見て、少年の家庭環境を調査した結果、父親とは別居状態で、母親がプライドばかり高い人間と分かり、現地調査の重要性を知ることに。

「縋る者」は事件ではなく、郷里に帰省した大地が、高校時代の同窓会に出席し、理沙さんという女性に再会。彼女は唯一の既婚者で子供もいる身。たまたま同窓会の帰りに一緒に歩いているとき、理沙さんが離婚したことを打ち明ける。夫は実業家一家の跡取りだが、女遊びの癖が抜けず、離婚を決意し、現在子供の親権の調停中とのこと。調停の中で、家裁調査官から親権を主張した方がいいとアドバイスを受けて、家裁調査官としての大地にエールも送る。家裁調査官として自信を無くしていた大地にとって大きな刺激となる。

「責める者」は、離婚調停中の夫婦の事件。申立人は妻の方で、DVとかの身体的な虐待があるわけではなく、夫も話している限りは普通の人間なので、調停委員2人も大地も離婚は難しいと考えるが、先輩の意見を聞き現地調査すると思わぬ事実が。妻は、夫が食事を丸ごと捨てること、そんな日が何日か続くこともあるという事実しか言わないが、妻が精神科に通院している事実があり、その精神科を訪れて医師から事情を聴くと、夫は外面はすこぶるいいが、家では妻に対してひどいモラハラをする男であったことが判明する。

最後の「迷う者」も離婚調停で、親権を争う夫婦。子供は10歳の男の子。大地は、最初妻の言い分を重く見ていたが、なんといっても子供の気持ちが一番。子供に面会するが、子供ははっきりと意思表示しない。そんな中「親って何」という言葉が子供から発せられる。この言葉が気になって、再び夫婦の身辺の調査をする中、妻には今別の男性がいることが分かる。この事実を調停の場で告げると、更に新たな爆弾発言が妻から、そして夫からも。「親って何」は、子供にとっていつもそばにいてくれるのが親であることを痛感する大地。

柚月さんの真骨頂を味わえた作品でした。

今日はこの辺で。