下村敦史「緑の窓口」

下村敦史さんと言えば本格ミステリー作家と私は思っていたが、本作「緑の窓口」は、ミステリー要素は若干あるものの、樹木を題材にした一風変わった作品まで書くとは驚き。しかもそれが中途半端どころか、本格的の面白いのだから、下村さんの作家としての幅の広さを感じざるを得ない。

主人公は都内の区役所にある「緑の窓口」に配属された天野優樹と先輩の岩浪大地さん、そして女性樹木医の柊紅葉さん。この三人が中心になって繰り広げられる、樹木に関する区民からの相談を受け、その相談に応えていく姿を描く。

「緑の窓口」の名前から、JRの「みどりの窓口」と誤解されそうで、現に最初は区が切符を販売するのかとの問い合わせが多かったものの、次第に樹木など緑に関する相談窓口と周知されいろいろな相談が舞い込み、天野を語り部として、岩浪は突っ込み役、柊さんが謎解き役を演じる連作短編集形式。

奨励1「スギを診てください」は、杉の木が大きくなったので伐採したい主婦の相談を受けて現地に赴くと、そこには切りたくない姑との確執があり、とりあえずは枝の剪定で決着と思いきや、主婦の方は杉の木の周りにアジサイを植えて、杉を弱らせようとする魂胆を柊さんが見抜き、アジサイの植え替えで最終決着。

症例2「クヌギは嘘をつきません」は、空地に生えていたクヌギが倒れて車が破損したので賠償しろと怒鳴り込んできたやくざ風の男に対して、果たして本当に自然に倒れたのかとの疑問が浮かび、柊さんに相談したところ、ズバリそんなはずはないとのこと。男が故意に車で引っ張って倒木させたことが判明し、男は青い顔して退散と相成りました。

症例3「モッコクの落とし物です!」は、柊さんが見事なモッコクノがある住宅を見つけて、その葉っぱが害虫に侵されていることを家主に忠告。事情を聴くと、父親が大切にしていた木だが、認知症の症状が出て剪定をしていないとのこと。この家庭も父親と母親の思惑の違いや息子とのコミュニケーション不足から、農薬のかけ間違えなどが相次いでいることが判明。認知症はその薬品の影響であることもわかり、めでたしめでたし。

症例4「ソメイヨシノは実は、」は、桜の木の下に埋めたタイムカプセルが見つからないから探してください、との相談に来た女子高校生。さすがにこれは緑の窓口担当ではないかと思われたが、父親の浮気が絡んでいる事情を聴いて現地へ行くことに。それでもどうしても見つからないので柊さんに相談。柊さんは風邪をひいてお休みだったが、話を聞いて閃いて現地へ。タイムカプセルは見つかったが、そこへ父親が現れて、複雑な高校生の出生の秘密が明らかになるミステリー。

症例5「チャボヒバを前に無力です」は、岩浪さんの様子がおかしいということで、彼のあとを天野さんがつけたところ、病院にたどり着く。岩浪さんはその病院の患者の小学生が、窓から見えるチャボヒバという木が伐採されてしまったことにがっかりしていることを知り、天野さんと柊さんに伐採した犯人を探し出してくれと頼まれ、一緒に探すことに。例によって柊さんは樹木医としての専門知識からもう一本の同じ木を元気にしようとする知恵を絞る。そして天野さんは柊さんの言葉をヒントに、誰が伐採したかを突き止める話。

症例6「全ては樹木が語ってくれました」は、柊さんの母親が柊さんにエドヒガンザクラの木が伐採されそうになっているので助けてくれとの依頼があり、反目している母親と一人で相対することができない柊さんが天野さんに助けを求め、そこに岩浪さんも加わり、都合4人で埼玉の田舎に出向くことに。現地では頑固者の老人と町の町長が反目し、木の所有権が自分にあることを言い張っている状態。町長は元気がない木は伐採したいと主張し、老人は断固反対。そこで柊さんが木を診断し、木の再生を探るがなかなか決め手を見いだせない。そこでみんなで住民に最近の変化について聞いて回り、天野さんの情報から柊さんと母親が答えを見出す。更に、老人が母親の父親で、柊さんは孫であること、妹のようにかわいがっていたユリノキを母親が黙って伐採してしまった理由も解き明かされて、全て丸く収まるのでした。

樹木が題材になる話で、登場人物もクヌギの話以外は悪人も出てこない優しい作品でありました。

今日はこの辺で。