宮部みゆき「刑事の子」

宮部みゆきさんがバブル絶頂期の1990年ごろに書いた作品「刑事の子」読了。ただし、当時の題名は「東京殺人暮色」、更に1994年にも「東京下町(ウォーターフトント)殺人暮色」に改題され、2011年再び「刑事の子」として世に出た作品。内容は全く同じとのことで、人気作家の場合はこうした売り方があるのかと感心した次第。確かに最初と二番目の題名は野暮ったい感じは否めません。そこで2番目の「東京下町」をわざわざ「ウォーターフロント」としたようにも感じます。バブル絶頂期で、江東エリアには超高層マンションが立ち始めたころで、街の風景が一変しつつある時代。そんな時代背景があって、宮部さんが町の風景を思い描いて書いたのでしょう。

宮部さんが本格的に小説を書き始めたのは1984年頃のようで、最初は法律事務所の事務をしながら、小説学校に通ったようです。1986年にオール読物推理小説新人賞の候補になり、その後あっという間に文壇を駆け上がっていきます。今でもかの字の最高傑作といわれる「火車」は1992年の作品で、この「刑事の子」から2年後のこと。やはり小説家の才能があったということでしょう。その後今日まで30年近く売れっ子作家としてどんどん作品を生み出していることには感服せざるを得ません。直木賞芥川賞を取った作家でも、受賞後パッとしない作家は五万といますがご立派なこと。どこからストーリーが生まれてくるのか、そこが知れません。

さて、この「刑事の子」は「火車」や直木賞受賞作「理由」のような重量級の作品ではありませんが、重量級作品を書く間に骨休みではないですが、こういったエンタメ作品をかけるのも懐の深いところ。読みやすい作品で、軽く読めるミステリーでありました。

今日はこの辺で。