伊兼源太郎「密告はうたう」

伊兼源太郎氏の作品を3冊図書館で調達し、この一週間は伊兼三昧の予定。まずは「密告はうたう」読了。

320ページの長編で、作中人物が多いこともあり、最初に人物名の紹介があるのはありがたい限り。もっと登場人物がいても紹介がない本もあり、こうした本は読者には親切で、見習ってほしいものです。

本作の主人公は警視庁の警務部人事一課監察係主任の佐良刑事。監察のやる仕事は警視庁所属刑事・職員の身辺調査といったもの。今はどこの会社・役所でもコンプライアンス担当部署があり、匿名も含めてたくさんのハラスメントや不祥事に関する内・外部からの告発が多い時代ですが、警察組織については特に多いのではないか?と想像されます。大きな権力を持ち、場合によっては事件を作り上げてでも逮捕できてしまう組織や刑事たちですから、身をもってその姿勢を正さなければならないのでしょうが、上意下達の世界でもあり、世間で言うパワハラも、警察組織ではパワハラに該当しないかもしれませんが、犯罪捜査では特に気を付けなければならない事象があるのではないか。

佐良主任は元刑事一課所属であったが、同僚刑事と捜査中に、その同僚を射殺されたことから配属替えとなった刑事さん。殺された刑事の婚約者である皆口刑事も、運転免許センターに配属替えとなっている設定。そんな監察部署に匿名で皆口の不正行為に関する告発=密告があり、佐良が行動確認(行確というらしい)する役目に。免許センター退社後から出勤までの間の行動を監視することになるが、皆口は過去に所属していた署や上司などと会っていることが確認でき、それらの人達も含めて監視対象になり、上司である須賀と分担して監視を続けることになる。監察という仕事は、いわば身内の粗探しのようなもので、何処の組織でも嫌われる部署だが、こうした部署があってこそ不正防止にもつながるということで、佐良は昔の上司・同僚に対しても、次第に自分の役割を自覚するようになる。

横山秀夫タイプの語り口で、佐良が相手の心理や行動を読む下りが、いくらかしつこいのが気になるのと、内部告発がある殺人事件の目撃者録取メモを紛失したやり手刑事の不祥事が発端であるところが拍子抜けしたのであるが、おそらく警察組織ではこれも重要証拠であり、紛失はあってはならないことで、かなり重い懲戒処分対象であることを教えてくれます。確かにそれで真犯人を逃すことになるのですから、結果は重大です。それと、警視庁内の所轄警察署の格付けがあること。本作では高井戸警察、成城警察の署長が重要人物として登場しますが、いずれもB級の格付け。新宿警察とか渋谷警察などがA級なのでしょうが、いずれもA級警察の署長になりたくてしょうがない人間として登場。結果としては、この事件で墓穴を掘ることになる。キャリア警察官は別として、ノンキャリにとってはA級警察署の署長になることが何よりの出世コースのようです。そんな出世欲が絡んだ告発合戦が実際にあるのかはわかりませんが、警察も所詮は役所ですから、人事は何よりも関心事なのでしょう。そんなことを教えてくれる中で、最も盛り上がるシーンは、海岸辺の倉庫街での冷たい海からの脱出、倉庫内での暴行シーン。よく生き永らえたものです。生真面目な刑事があそこまで残忍になれる組織の怖さが伺えました。

佐良刑事は、監察担当として十分な働きをして、さて今後刑事一課に戻るのか、それとも監察や公安畑に行くのかは、本作では示されませんでした。

今日はこの辺で。

下村敦史「真実の檻」

下村敦史が冤罪事件の真相に挑む作品「真実の檻」読了。

母親の由美さんががんで亡くなり、その遺品整理をしている中で、主人公の石黒洋平は、自分の実の父親が今の父親である石黒剛ではないのではないかと疑問を抱き、ネットで調査したところ、20年前の起きた赤嶺事件という殺人事件で死刑判決を受けた赤嶺信勝が実の父親であることを知る。赤嶺は元検察官で、洋平の母親由美と結婚予定だったが、由美の両親から猛烈に反対され、「殺人者」には娘と結婚させられないと罵られたため、母親の両親を殺害した罪で起訴され、物的証拠が揃っていたことから死刑判決を受け、今も東京拘置所に収監されている。由美の両親は猛烈な死刑廃止論者で、死刑判決をいとわない検察官を毛嫌いしている(この辺はちょっと無理がある?)。洋平は、赤嶺事件を調べるうちに、夏木涼子という雑誌記者の「赤嶺事件は冤罪の可能性がある」旨の記事を目にし、涼子に会い、その疑問を一層深め、まずは当時死刑を求刑した元検察官で、今は弁護士をしている柳本氏に会い、彼も冤罪の可能性を語ったことから、洋介は涼子、柳本、そして痴漢冤罪の裁判を闘う被告の娘である三津田彩の協力を得て、さらに調査を行い、赤嶺信勝にも刑務所で面会して、ついには真犯人を特定して、冤罪を晴らすというストーリー。赤嶺信勝が一審で死刑判決を受け、控訴することなく確定してしまった背景には、一つには冤罪事件の可能性があった毒物殺害事件の死刑囚の死刑執行起案書を作成したことがあったと思われ、まずはその起案が間違いではなかったこと(冤罪ではなかった)を洋平が信勝に告げるが、本当の理由は、最初は洋平の母親由美が真犯人であったことを疑ったため、そして由美が真犯人ではなかったことを知ったが、真犯人を訴えることが洋平や由美の幸せを壊すことになることを思い、死刑を覚悟したという深い意味があったことが信勝から語られる。

紆余曲折はあったものの、洋平の信念が信勝の冤罪を雪冤したことになり、洋平は父親に倣って法曹の道に進むことになるのでありました。

本作で学んだのが、まず検察の業務分担で、起訴までを担当する捜査検事と、公判を行う検事が別であること(もちろんこれは知っていましたが)。そして、公判担当の検事は捜査担当検事が誰であったかについて、あまり詳しく知らないのではないかということ。本作では、赤嶺事件で信勝犯人説に疑問を呈した検事が、途中で変わっていたことを後半検事(本作では柳本)が知らなかった場面が出てきます。勿論こういったケースは極めて稀のようですが、公判検事にはそういった事情は伝達されていないと推測されます。検察の分業制が本当にいいのか否かはよくわかりませんが。

冤罪を生むもう一つの大きな要素は、裁判官の資質と受け持ち事件の数の多さ。世間の一般社会との接触が極めて少ないことで、社会常識に欠けること、年間300件の事件を担当し、一件ずつ判決文書を書かなければならないこと、判決を書く前までに膨大な量の証拠資料を読み込まなければならないこと。裁判官も人ですから、できるだけ効率的にことを進めたいのは当然で、いちいち証拠を吟味するより、検察・警察の言い分を丸呑みして、控訴理由書を丸写しできるような判決文を書ければ楽なはず。したがって有罪率99.9%が常態となり、有罪判決を出す裁判官は、「赤字」と呼ばれるように、なかなか手持ちの事件をこなせない状態に陥り、結果昇進も遅れてしまうというジレンマ。木谷明氏のような立派な裁判官が育つ土壌は今の裁判所にはないのが実態であり、そこから冤罪が生まれるのでしょう。

もう一つは警察と検察の罪。信勝は当時警察の闇金事件を告発するべく動いていたことから、真犯人ではないことを知りながら起訴し、有罪に持ち込んだことが明かされますが、これは大阪高検公安部長であった三井環氏が、検察闇金を告発しようとして、微罪をでっちあげられ逮捕されたことを思い出します。警察・検察に逆らうと何がなんでもその権力を行使して、その人物を社会的に抹殺してしまう恐ろしさも描かれています。

という訳で、本作も終盤近くまでは興味深く読みましたが、育ての親が真犯人だったこと、その動機がはっきりしないこと(洋平の母親由美の近所に住んでいて、由美に好意を持っていたが、拒絶されたため逆恨みし、由美の両親を殺害し、由美に罪を着せようとしたという動機はあまりにも不自然)には、違和感を抱かざるを得ないと思った次第。

今日はこの辺で。

伊兼源太郎「地検のS(エス)」

読んでいて、横山秀夫の小説ではないかと錯覚を覚えるほど、その語り口が似ていると感じた作品、伊兼源太郎「地検のS(エス)」読了。伊兼氏は1978年生まれというから、まだ44歳ぐらいの方。2013年、今から9年前というと彼が30代半ばで書いた「見えざる網」で横溝正史ミステリー大賞を受賞しているので、それなりの知名度はあるのでしょうが、恥ずかしながら、私がその名前を知るのは今回が初めて。したがって、彼の作品を読むのも初めてでしたが、横山作品のファンとしては、その語り口やストーリー展開はすばらしく、うれしい発見でした。また一人読む作家が増え、これからはまりそうです。

本作「地検のS」のSは誰なのか?普通であれば検事と思うのですが、伊兼がSに指名したのは、かつては検察事務官を経験し、今は地検の総務課長の役職にある伊勢という男。司法関係の役所においては、法務省を含めて、司法試験に受かった人とそうでない人とのヒエラルキーが顕著であることは周知の事実。したがって、いわゆる検察事務官を含めて一般職員と呼ばれる方たちが小説の主人公になることは少なく、活躍の場も無いのであるが、総務課長という司法資格のない人間を主役級に扱うところが何ともユニークであり、しかも非常に読み応えがある話が展開される。

五話の連作短編形式で構成され、架空の湊川地検の総務課長=S=伊勢が、各話で主人公となる人物に多大な影響を与えるという話となっている。

「置き土産」は、地裁の司法記者クラブの一員である東洋新聞の沢村は、実績=特ダネをものにして本社政治部への異動を希望する記者。同じ司法クラブ所属の他社記者が特ダネを出したことから、上司にプレッシャーをかけられ、特ダネをものにしないと政治部への転勤はないと脅され、必死に事件を探し、ある小さな窃盗事件の裁判に出くわす。その裁判には伊勢が傍聴していたことから、裏に何かあるのではないかと、事件の真相を探っていく。そしてたどり着くのが、警察と地検による創罪(冤罪)。そこには、世話になった刑事のOBと伊勢が深く関与していた。沢村はすべてを知って、本来あるべき無罪の記事を書かず、特ダネはなし。しかし、伊勢から突然、暗黙のご褒美として別件の特ダネを受けることになり、これが「置き土産」となるのでありました。

「暗闘法廷」は、女性殺害事件を担当した森本検事の検察事務官である新田が主人公。被告人は裁判で訴訟引き延ばしと思われる戦法で検事に対して曖昧な返答ばかり。挙句に犯行を否認する始末。被告は検事調書では自白しているが、その自白調書を証拠とはしないように森本は次席検事に厳命されている。(この辺のところを私は読み切れていない)。

森本は湊川地検のエースとされ、東京地検特捜部への移動も近いとされる人材。しかし、伊勢からの何気ないアドバイスで、事件の裏に真相が隠されていることを察知し、検事調書を証拠申請し、被告の有罪が確定することに。森本は大分地検に飛ばされるのだが、新田はその真相を知ることに。ここでも伊勢のアドバイスが大きく影響し、優秀なる森本検事の証人のやくざとの駆け引きが大きな獲物を捕らえることになる。

「シロとクロ」の語り部は刑事事件に重きを置く弁護士事務所に就職した若手弁護士、別府直美さん。彼女が担当したのが25歳の不良青年の傷害致死事件。彼は自白しているが、警察の取り調べをこっそり録音し、それが法廷で証拠として提出され、違法な取り調べがあったことから無罪が濃厚となる。しかし別府は被告の人間性や、親が被告を懲役にしてほしいとまで懇願することから、無罪主張には躊躇している。そんな彼女のところに、伊勢が現れ、善悪と法律について何気ないアドバイスを受ける。別府は関係者を洗い直し、新たな証言から被告人が未だ更生していない「悪」であることを確信して、被告が共謀して振り込め詐欺をしていたことを調べ上げる。

「血」は、ある贈収賄事件を担当した女性検事の相川が主人公。小規模建設会社が有力政治家に贈賄した疑いで捜査を受け、その会社に勤務する永島という女性社員の口座を迂回した疑いがもたれ、相川が永島を任意で取り調べるが、誰からの入金かを語ろうとしない。永島はかつて夫の暴力を受け、子供にも暴力をふるった夫を包丁で刺し殺し、執行猶予判決を受けた過去があった。ここで伊勢が登場し、事件で悪を追及するには3つのS,正義・親身・真相について相川に語る。そして、永島がかつて罪を犯したときに検察事務官であった伊勢は、彼女を見続けてきたこと、そして再犯を犯すような人間ではないこと示唆し、もう一度永島の周辺を当たり、息子から10年前の母親の事件の真相にたどり着く。私としては、本作品が最も感動的な物語と感じた次第。

最後の「証拠紛失」は、伊勢の後輩の総務課職員、三上が主人公。彼は伊勢から贈収賄事件の証拠が紛失したため、誰が紛失したのか調査してほしい旨依頼を受ける。三上は優秀な事務官だが、将来的なことを考えて、鳥海という捜査を指揮する部長から伊勢の弱みを握れば将来を保障してやる旨の話に乗って、スパイ行為じみたこともやっている。3日間に紛失先を探すために関係者に聴取したりするうちに、三上の頭の中は混乱状態になっていく。伊勢に対して抱いていたある種のうさん臭さの原因を知ることによって、自分が進むべき方向を模索し続け、ついには決断を下すところで話は終了する。

地検総務課長である伊勢は、司法試験を簡単に受かる実力がありながら、決して検事にも裁判官にも、弁護士にもなりたくない大きな理由があったことが最終編で明らかになる。

伊兼源太郎という新たな作家を発見したことで、今後の読書人生が広がった気がしました。

今日はこの辺で。

原田マハ「旅屋おかえり」

原田マハさんの飛びっきりの人情小説「旅屋おかえり」読了。

主人公は、かつてアイドルとして売り出したものの、パットせず、今はテレビの旅番組「ちょびっ旅」の旅人をやってプロダクションを支えている岡えりかさん、通称“おかえり”さん。プロダクションは萬鉄壁社長と事務員の“のんの”さん3人だけで、おかえりさん一人が稼いでもっているプロダクション。そんな弱小プロで、5年間続いた旅番組がスポンサーの怒りを買って中止の憂き目にあうところから話が始まる。社長とおかえりさんは営業に歩くもののなかなか仕事がないところに、偶然にも「病気の娘の代わりに旅をして、娘を喜ばせてほしい」との話が舞い込む。ALSで寝たきりになった娘が秋田角館の旅行を依頼し、おかえりさんがその娘の代わりに旅をして、現地の満開の桜や人との触れ合いをビデオに録り成果物として持ち帰るというミッション。旅行代理店ならぬ旅代理人として、角館や玉肌温泉(乳頭温泉)を旅して、無事に成果物=ビデオを届け大いに喜ばれる。これを機に、社長が旅屋業を思いつき、NETで宣伝して顧客が増えていく。おかえりさんは根っからの旅好き人間で、旅さえしていればお金なんか二の次、といった素敵な人情豊かな女性。鉄壁社長もあれこれ煩いが、おかえりを大事にしている人。この小説には悪人は誰も出てこないのがよいところ。

20件の旅屋をこなしたところで、中止になったTV番組の復活の話がもち上がり、その条件としてスポンサー会社の会長の旅屋になるというミッションが持ち込まれる。簡単なミッションと思いきや、この旅で出会うべき人は、幼くして別れざるを得なかった妹の娘さんで、なおかつ鉄壁社長の元奥さん。おかえりさんは社長の許しもなく一人で愛媛県の小さな町に旅をすることになる。そこで会った姪御さんの真理子さんは素敵な女性ながら、会長にも鉄壁社長にも憎しみのような感情を抱いており、おかえりさんの旅屋としての本領が試されるのであった。

最初の旅屋のミッションにしろ、四国でのミッションにしろ、原田マハワールド全開の笑いと涙の人情劇が堪能でき、私の涙腺も止まりませんでした。

今日はこの辺で。

下村敦史「ヴィクトリアン・ホテル」

都内の高級ホテルを舞台にした下村敦史作品「ヴィクトリアン・ホテル」読了。すっかり下村さんに騙された格好になってしまった私。他の読者さんも「まんまと騙してくれたな」と、心地良く騙されたのではないでしょうか。高級ホテルに宿泊、あるいは出入りする人間と、時間軸をトリック風にうまく絡ませた下村マジックとも言うべき作品でした。

登場人物がそれぞれ語るという構成になっており、登場するのが女優の佐倉優美さん、無職で道を外しそうな若者、三木本貴志さん、小説家の高見光彦さん、有名企業社員の森沢祐一郎さん、夫婦で弁当屋さんを営む林志津子さんの5人ですが、実は佐倉優美さんは母親と娘の二人が同姓同名で登場、高見光彦さんはペンネームが三鷹コウでも登場する。そして圧巻なのが30年前、20年前、10年前、コロナ流行の現在という、四つの時代が巧みに配置され、読み返しても時間的齟齬がないところがうまいところ。読んでいて、どうもおかしいな、騙されているかなと思うのですが、最終版まで騙され続けてしまいました。かといって、本作の話の内容がそのトリックだけに特徴があるわけではなく、非常に人間模様がうまく表現され、感銘を受けました。

まず30年前のヴィクトリアン・ホテルで出会うのが、母親の佐倉優美、森沢祐一郎、林志津子夫婦。佐倉優美さんは森沢祐一郎と出会い、一夜を共にする。森沢は当時のバブル景気の中、金と地位で遊び歩く生活であったが、彼女と出会い、その美貌に魅了されるが、人間的な魅力にも触れ、森沢自身の人間性も変わっていく転機ともなる。そんな森沢が出会うのが林夫妻。夫妻は連帯保証人になったばかりに、最後の思い出に高級ホテルに泊まり、ここで心中するはずだったが、故障したエレベーターの中で森沢に必死に説得され、命を救われるのであった。

20年前のホテルでは、高見光彦こと三鷹コウの有名文学賞授賞式があり、先輩の大作家たちから薫陶を受ける姿が描き出される。その中で、フィクションが人を傷つけたり勇気づけたりすることの是非などが語られるが、三鷹は自分の方向性を見出していく。

10年前に登場するのが、文無しになってバイト先のレジの金を盗んでしまった三木本貴志が高級ホテルにきて、金持ちから財布を盗むことを企み、まんまと佐倉優美の財布を盗む。高級レストランで腹いっぱい飲み食いし、盗みがばれてリネン質に逃げ込むが、そこでたまたま佐倉優美と出会い、佐倉の優しさに触れる、人生をやり直す契機となる。

そして現在がホテルのフィナーレを明日に控える日。佐倉優美は林夫妻に出会うが、夫妻の只ならない様子を気にして夫妻を必死に探す。そして最終日、全員が揃って、三木本は佐倉に優しくされたことが救いとなり、そのあとすぐに自首して、今は真っ当に働いていることで、優しさが人を救うことを佐倉は身をもって確信。森沢は佐倉優美に母親との出会いを告白し、父親の可能性を示唆。三鷹コウの助言で佐倉は森沢と話し合うことを約す。林夫妻は30年前森沢に救われ、自己破産しゼロから出発して今があることを告げる。三鷹コウ=高見光彦は20年間書き続けている。三鷹コウが、実は下村敦史自身のような設定にも思えてくる。

巧みな構成で人間模様を描いた、心地よい作品でありました。

今日はこの辺で。

映画「モーリタニアン 黒塗りの記録」「クーリエ 最高機密の運び屋」

3月26日(土)、ギンレイホールにて、いずれも実話を映画化した骨のある作品二題鑑賞。

イギリス映画「モーリタニアン 黒塗りの記録」は、9.11アメリ同時多発テロの容疑者として拘束され、長期にわたりグアンタナモ刑務所に拘留され、拷問を受けた末に虚偽自白したモーリタニア人男性と、その弁護をするアメリカ人弁護士の姿を描く。グアンタナモ刑務所はキューバにある米軍基地内にある刑務所で、正式には刑務所ではなく「収用キャンプ」。イラク戦争やアフガン紛争のテロ容疑者を収容するために2002年に設立された新しい施設で、その残酷な取り調べや極悪な待遇が世界的にも問題となり、オバマ大統領が閉鎖をしようとしたが、共和党の反対で未だに存続している施設。本作は9.11同時多発テロで、テロ実行者をリクルートした容疑をかけられたがために、ブッシュ政権の国防長官だったラムズフェルドの命令で特別な拷問を受け自白したが、その拷問記録が弁護士の情報公開請求で発覚し、無罪を勝ち取る日々を描く。人権弁護士役はジョディ・フォスターが演じ、検事役がベネディクト・カンバーバッチ。但し、検事も拷問の事実に気づき、起訴できないとして解任されることになる。残酷な拷問シーンと母親を逮捕するというような脅しは、想像を絶する極悪非道としか言いようがなく、そのシーンが延々と続く。モーリタニア人容疑者は無罪になるものの、何故かオバマ政権時代も収容所から釈放されなかったことがエンドロールで出てくるが、その理由は説明されていない。グアンタナモ収容所では、特にアメリカ本土がテロの対象となったがために、ブッシュ政権はあらゆることをやって、冤罪者も含めて容疑者を徹底的に拷問していたことが示唆される映画であった。ちなみに「黒塗りの記録」とは最初に情報公開請求で出てきた記録が、ほとんど黒塗りだったことから付けたもののようです。

イギリス・アメリカ合作映画「クーリエ 最高機密の運び屋」も、キューバ危機時のスパイの実話をもとにした映画。イギリス人セールスマンがスパイとしてロシアに商社マンとして行き来し、ロシア商務省の西側スパイから手渡された極秘情報をイギリスに運ぶ役を負わされ、最後は自分の危険を顧みず、ロシア人の協力者を亡命させるために危険なソ連に行くことに。フルシチョフキューバへの核持ち込みを阻止する重要な役割を果たしたスパイだが、結局ロシア人協力者はソ連で銃殺になり、イギリス人スパイは1年以上拘留されたのち、スパイの交換でイギリスにもどることができるのだが、そのスパイ役を演じたのが、ベネディクト・カンバーバッチで、迫真の演技を見せてくれる。

フルシチョフのそっくりさんを起用して、いかにも短気な性格を演じていたが、その辺の人間性については大いに演出もあるのでしょうが、ソ連にしろ今のロシアにしろ、独裁者が育つ土壌がロシア台地にはあるのか、それとも体制自体の問題なのか。ロシアという広大な国土を有する「ユーラシア国家」の不気味さは今でも変わらない。

今日はこの辺で。

選挙演説での「ヤジ排除裁判」で憲法違反判決

2022年3月25日札幌地裁は、2019年の参議院選挙の応援演説をしていた当時の安倍首相に対して、「安倍辞めろ」「増税反対」などのヤジを飛ばした男女が、北海道警の違法な排除を受け、憲法に保障された「表現の自由を侵害された」として道に損害賠償請求した訴訟の判決で、原告の訴えを全面的に認め、88万円の賠償を命じた。

判決は表現の自由について「民主主義社会を基礎づける重要な権利であり、公共的・政治的表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されるべきだ」と指摘。原告らのヤジは公共的・政治的表現行為だと認めた。さらに、警察官らは原告らのヤジが安倍氏の演説の場にそぐわないものと判断して「表現行為そのものを制限した」と結論づけた。

今国際社会の関心はウクライナ戦争で、特にロシアでは「戦争反対」を叫ぶこともできない「表現の制限」社会となっており、日本もまた太平洋戦争中は極端な「表現の制限」を経験した。また現在でも日本の表現の自由度は国際的にも低ランクと言われる中、至極真っ当な判決ながら、大ニュースにならざるを得ない現状である。

この判決の新聞社のネット報道を見ると、朝日、毎日、東京などは専門家の意見を載せるなど大きく扱っているが、読売は事実のみ、産経は記事さえ見つからない有様で、新聞社が最も関心を寄せなければならない政権批判などの「表現の自由」に対する矜持が全く感じられないのは残念としか言いようがない。

全国の警察はこの判決を重く受け止めるとともに、間違っても控訴などしてはならない。