天童荒太「あふれた愛」

天童荒太という作家は、すごく真面目で繊細で、優しい人ではないかと思う。「悼む人」「家族狩り」を読み、彼の小説の面白さを知り、続いて読んだのが「あふれた愛」。
4篇の短編からなる小説ですが、いずれも精神に病を抱えた、または精神的に弱い人を題材とした作品。触れば壊れそうな主人公たちの精神的な内面を描き出します。
「とりあえず愛」は、幼い子供を持つ夫婦の話。夫は腎臓に病気を持つが、そんな彼を承知で結婚した妻。妻は夫と子供のことで誠心誠意尽くし、心身共に疲れているのだが、夫はそれを理解できない。いつの間にか仕事と子供優先の精神構造になっている。妻はそれでも頑張るのだが、ついに夫に離婚届を突きつける・・・・。いつの間にか自己中心的になってしまう男への警鐘とともに、女性の強さと優しさも感じられる作品。
「うつろな恋人」は、精神に病を持つ中年男と若い女性の残酷な物語。若い女性は回復過程にあるものの、深いトラウマを抱えている。そんな彼女を、正常に戻すのは自分だと勘違い(これも病気のなせる技なのですが)して大変な間違いを犯してしまう。彼女がかわいそうでもあり、中年男もかわいそうである。
「やすらぎの香り」これも精神を病んだ男女ふたりの物語。30歳近くの年齢ではあるものの、極めて傷つきやすい二人。そんなふたりが一生懸命一緒に暮らしているのだが、妊娠を知った女性がそれを言い出せない悲しさ。男女ふたりの壊れそうな精神が愛しく思われると同時に、この話には最後に希望の光が見えました。
「喪われゆく君に」この作品だけ精神に病を抱えている人間は登場しないが、夫を突然亡くした妻と、たまたま亡くなった現場にいた青年の交流を描く。青年はその女性との会話の交流で、優しくいたわりのある心を見つけ出す。
4篇とも素晴らしい作品で、ぜひたくさんの方に読んでもらいたい、心の優しい作品でした。
今日はこの辺で。