中島京子「小さいおうち」

中島京子直木賞受賞作「小さいおうち」読了。直木賞受賞作では、東野圭吾の「容疑者Xの献身」以来の感銘を受けました。
昭和10年代というと、太平洋戦争前の暗い時代というイメージが付きまといますが、実際の当時の東京は案外に明るく、物も豊富であったという時代考証に基づいて作られている作品。まだ満州事変とか226事件、国連脱退などの暗い事件が、それほど庶民生活に影響を与えていなかったことが伺えて興味深い。
主人公の女中タキさんは、山形の尋常小学校から東京に奉公に出て来た女性。女中さんというと、何となく暗くて卑屈な仕事に思われがちですが、タキさんが仕えた家は、小さいながらも住みやすく、モダンで、心地よい空間。何よりも時子奥様の上品さと親切さがタキさんを成長させます。一生お仕えしたいと思うほどに、愛情を持って家族に接します。
タキさんは頭がよくて、機転が利き、家族をお守りするという女中さんの鏡のような行動と考えを持ち、奥様や旦那様、坊ちゃんからも大きな信頼を得ます。
そんな中、旦那さんの会社の板倉さんという若い社員と奥様との恋愛が淡く語られ、タキさんも悩みます。旦那さんが男としての役割を果たしていないことを知っているタキさんも悩みますが、結局家族の幸せを守るために、身体を張って奥様に苦言を言う場面はこの小説のひとつの見せ場。一見不倫物語のような展開も、なんらどろどろしくなく、さわやかに語られるのは、筆者の筆力のなせる業か。渡辺淳一とは一線を画すような表現です。
奥様がとても魅力的であり、タキさんも劣らずに魅力的な女性で、読後感のすばらしい作品でした。
今日はこの辺で。