道尾秀介「N」

随分前の朝日新聞土曜の書評欄で絶賛されていた道尾秀介氏作品「N」読了。絶賛されていただけあって、大変に読み応えのある作品でした。著者自らが冒頭の「本書の読み方」で、六章構成ながら、どの作品から読んでもいいと書いてあります。そして、順番を変えるごとに、作品の趣が変わってくるとの言葉も。単なる連作短編ではない作品であることを強調されています。残念ながら、順番を変えて何回も読むこともできないので、私は、

6章→1章→5章→2章→4章→3章と読み進めましたが、いずれの章も味わい深い作品で、同一人物がいくつかの作品に出てきて、何か赤い糸でつながっている感覚を持ちました。「N」は逆さまにしても「N」という意味なのでしょう。そして、章ごとに上下が逆になっているという凝りようで、意欲を感じました。

最初に読んだのが「眠らない刑事と犬」。女性刑事の小野田の臨家で夫婦が殺されるという事件が発生。最初に疑われたのが小野田の息子啓介。彼は引きこもりで、前に犬がうるさいと言って臨家にクレームをつけていたこともあった。小野田は捜査から外されながら、わが子のかかわりを心配して、独自にペットの犬の所在を探すためペット探偵事務所に依頼。探偵事務所の江添は自分の飼う犬の嗅覚で証拠である犬を探し出す。ただ、小野田の上司は、最初から殺された夫婦の長男が怪しいと踏んで捜査していたことが分かる。

「名のない毒液と花」の主人公は吉岡利香という生物の教師。彼女の夫は、かつて江添とともにペット探偵事務所を始めた人で、不幸にも交通事故で故人。ペット事務所に最初の仕事依頼が来て、金持ち夫婦の犬がいなくなったので探してほしいとの依頼。犬は目撃証言で湾の中にある小島にいるとの情報から、江添、吉岡精一、利香の3人で島を捜索。犬は見つかるが、その犬を島に連れてきたのが依頼主の夫と分かり、夫婦のいざこざが発覚。血統書付きの立派な子犬は江添が預かることに。この犬こそが、「眠らない刑事と犬」で活躍する犬の若かりし頃。これが前半で、後半は島で利香が飯沼和真という生徒を見かけ、彼の母親がバイク事故で亡くなった以後、和真が悪い仲間とつるんでいることを知る。利香は、鋭い鋭角を使い、和真がバイク事故の犯人を殺すのではないかと危惧して追いかける姿が描かれる。この事件が解決したときに、利香の夫精一が交通事故にあって亡くなり、以後江添は自分が殺したも同じとの思いから、毎月利香にお金を振り込むようになる。

ここまで読んで、本作全体が江添中心の物語なのかと思いきや、その想像は外れる。

「消えないガラスの星」は、「名のない毒液と花」に登場した和真が主人公。彼の父親は救急医だが、彼はあるきっかけでホスピスの看護師になることを志し、アイルランドで資格を得て、ホリーという女性の在宅ホスピスを担当。ホリーにはオリアナという娘がいて、ホリーが亡くなった後は、叔母のステラに引き取られることになっている。ただ、ステラは何かとホリーやオリアナに強く当たり、和真にとってステラと暮らすことになるオリアナが心配である。しかし、あるきっかけでステラもまた、オリアナを心配していることに気づく。

「落ちない魔球と鳥」は、男子高校生小湊晋也が主人公。彼はニシキモさんという漁師の中年の男と出会い、港で話すうちに、鳥が「死んでくれない」というものまねをしていることに気づく。その鳥が彼の肩に止まり、持ち主を探して届けることに。そこで千奈海という女子高生と出会い、彼女が自殺するのではないかと気づき、思いとどまるように説得する。晋也の兄は、高校野球で投手として活躍し、決勝に進んだものの、肩を壊して決勝には出られず控え投手で完敗。兄はSNSの中小で自殺するという経験があり、彼女の思いを真正面から聞く。そんなとき、ニシキモさんが現れ、光と海の超絶現象を3人で見ることになる。落ちない魔球とは、フォークボールは魔球ではなく、自然に落ちること。そして、直球が伸びてなかなか落ちないだけだと、ある男から聞く場面からきている。その男が英語教師だった男ではないか。

「飛べない雄蜂の嘘」は、いきなり激しいDV場面から始まる。バブル時代でもひっそりと生きていた生物研究者の女性が、初めて出会った男。しかしバブル崩壊とともに男は会社が倒産し、女性に暴力をふるう男に変身。しばらく現れなかったその男が現れ、包丁を持ち出して女性に襲い掛かるところに、ひとりの小柄な男が現れ、男に飛びかかり、女性が男の持っている刃物を奪って突き刺して殺害。小柄な男は、かつて父親が酒に酔って母親を殺したことから、酒とDVを憎んでいた男。男と彼女は死体を始末し、男はけがと発熱でしばらく彼女の部屋で暮らすことになる。そして、警察が来て疑われたら、自分=男が殺したと言ってくれと言って去っていく。この男こそニシキモ=錦茂で、彼女が幼いころ欠けた酒瓶でけがをした時に助けてくれた少年。そして30年後に、錦茂は当時空き巣に入った彼女の部屋に男が入ってきてDV現場を見たことから、男に飛びかかり彼女を助けようとしたことが分かる。この章では、彼女の名前さえ出てこず、他の章でもそれらしき女性が出てこない気がしました。

最後の「笑わない少女の花」は、和真が通っていたであろう中学の英語教師が、妻に先立たれ、定年退職後アイルランド旅行に行って出会う少女との交流を描く。その少女はホリーの死後、ステラと暮らすオリアナ。英語教師ながら英会話ができない彼は、少女と絵でやり取りを行い、彼女が厳しい家庭環境にあることを察し、力になろうとして住所と電話番号を教える。彼女は旅行者に無心してこずかい稼ぎをしていたが、いつも箱を大事に持っていて、彼はその中身を隙を見て覗いてしまう。オリアナは、母親のホリーの代わりにルリシジミという蝶を持ち歩いていて、彼が覗いた時に蝶がいなくなり、オリアナが自宅に帰って蝶がいなくなっていることに気づいく。そしてそれが原因で少女が死んだことを、男はネットの情報で知り、大きな悔恨を背負うことになる。

いずれの作品も、登場人物が他の人物とつながっていたり、キーワードでつながっていたりする作品で、一回読んだだけでは、私の頭ではその詳しい繋がりが理解できないが、各作品に共通する人間の孤独や悲しみのようなものを強く感じる作品です。間をおいて再度読むべき作品でありました。

今日はこの辺で。