池井戸潤「花咲舞が黙ってない」

池井戸潤花咲舞が黙ってない」読了。花咲舞が活躍する同名のテレビドラマの原作は「不祥事」だったのですが、さすがにテレビの影響力はすごく、池井戸さんが読売新聞に連載した同じ花咲舞の活躍する小説のタイトルは「花咲舞は黙ってない」になってしまいました。
さて、テレビも面白かったのですが、小説もまた然り、女半沢直樹ともいうべき正義感の強いキャラクターを持つ花咲舞の独壇場的判官短編連作小説。読んでいるとどうしても、テレビドラマの主人公を演じた花咲舞役の杏と相馬健役の上川隆也が頭に浮かんでくるので、余計に読みやすくなります。
事務部臨店指導グループは、銀行の支店の事務処理が適切に行われているかを、実際に現地に行って確かめ悪いところは指導する役回り。こうした部署は大体において本流から外れた亜流の部署で、かつ嫌われ者。配属者も出世からは見放された人が多いところ。でも、この二人、特に花咲舞さんはなかなかの切れ者ウーマンで、鋭い勘を働かせて正義を貫くタイプ。まさに女半沢の7編ですが、この何篇かに本物の半沢直樹が出てくるのも見どころ。
舞台は1990年代のバブル崩壊以後の厳しい時代。舞の所属する銀行である東京第一銀行と半沢が在籍する産業中央銀行が合併する直前の物語設定。合併後の物語の主役は半沢直樹になりますが、その前の時代設定。
「たそがれ研修」は、銀行の雇用慣習で50歳を超える行員が全員出向対象となるため、第二の人生の研修を「たそがれ研修」と呼ぶようですが、それを受けた社員による情報漏えい事件を描く。より良い出向先あるいは転職先を得るために顧客の大事な情報を流してしまう行員を花咲舞がさばきます。
「汚れた水に棲む魚」は、東京第一銀行銀座支店の得意先口座が、反社会的勢力の資金洗浄に使われていたことを突き止めた花咲舞が、その裏にある、今は本店部長となっている元支店長の悪さがあったことが発覚。最後は隠蔽されてしまう無念さ。
「ゆけむり工房」は、温泉の街別府の支店に来た両名が、町おこしを計画する温泉旅館主の融資に踏み込めない銀行のつらさ、そして産業中央銀行半沢直樹が登場し、その融資を引き受けてしまう無念さ。その裏には、銀行合併の主導権を握らんとする思惑がはたしてあったのかは謎のままです。
「暴走」は、とある住宅ローンを断ったことの適否を四谷支店に来て確かめた両名が、その裏にある大手住宅メーカーの不正に関する情報との関連を見つけてしまう。ここでも産業中央銀行に先を越されるのであるが、こんな問題ばかりの東京第一銀行ははたして合併相手として適切なのか?これは私の感想。ちなみに住宅メーカー「船町ホーム」は、まさにレオパレスが題材にしていることが想像されます。
「神保町界隈」は、今作の中では唯一の清涼剤的な作品。悪い人は出てきません。神保町の寿司店で会った老婦人の亡くなった娘さんの通帳の話が発端で、その口座がある目的のために使われたことが判明。バイオ関連で起業した若手社長が、投資会社の資金引き揚げで倒産したものの、従業員や家族のために再起業するための資金が通帳に移されていたことが判明。悪気のない純粋なお金になりました。
第6話の「エリア51」と最後の「小さき者の戦い」は、東芝不正経理を題材にした銀行物語。合併を前にして有利に進めようとする両行、その中で東東デンキの不正経理が発覚。それを知ったタイミングが問題になり、臨店グループは真相を突き止め、報告書を上にあげるが、逆に相馬は左遷の憂き目にあう。これが「エリア51」。そして左遷された小さな出張所で舞と相馬は、一件の融資から不正経理を隠ぺいした真の理由を突き止める。こうして、東京第一銀行の会長一派は一掃されることになるが、しかし、合併後も両行の派閥争いは終わらず、「銀翼のイカロス」での半沢の活躍で、最終決着がつくことになる。こうした一連の花咲舞と半沢直樹の活躍が池井戸潤の銀行小説の弔電をなしたようです。
今日はこの辺で。