伊岡瞬「仮面」

伊岡瞬の作品には二文字の表題が多いのですが、本作「仮面」は、内容と題がほぼ一致しているのではないか。

序章の「宮崎璃名子」は東村山のパン屋さんの奥さん。平凡に暮らしている普通の奥さんと思いきや、結婚前からかなりの男性経験があり、結婚後もその癖が抜けずに浮気を繰り返している。ある日、パンの配達と称して車で出かけた先はやはり浮気の場所。そこで出会ったのはある男であった。その男が本作の殺人犯であることは、徐々に語られていく。璃名子がかつてアメリカに短期留学の経験があることがキーワードにもなっている。

その後のこの小説は、主な登場人物の「語り」という形で構成され、秘書の菊井早紀、主婦の新田文菜、刑事の宮下真人、売れっ子作家三条公彦のマネージャー久保川克典、フリージャーナリストの小松崎真由子、刑事の小野田静が複数回または1回登場し、事件の犯人がだんだん明らかになるという展開。「仮面」とは、本来の自分を仮面で大きく見せて、何とか社会でのし上がっていこうとする人間の欲望を、犯罪小説という形で描くという意図で付けたものだと推測できる。

最も大きな仮面をかぶるのは三条公彦という人物。文才や深い知識はないものの、久保川という影の力で才能はないものの、本を出し、TVのコメンテーターとして人気者・スターになっていく男。その仮面の一つに「読字障碍」という仮面を借りて、世間の注目を集める。その他には、アメリカの知事選スタッフとしての輝かしい実績を騙るなど、経歴詐称もてんこ盛り。これはどこの世界でもしょっちゅう聞く話。ある都知事さんも、アフリカの有名な大学を卒業したとかしないとか話題になりましたが、今では何の話題にも乗らず、コロナ禍を利用して楽々再選した例もありました。

三条の秘書である菊井早紀も、自分の可能性を信じて何とかチャンスをつかもうとする女性。ただし彼女は仮面はかぶらずに正解。

最も好ましき人物は小野田静と宮下真人の刑事コンビ。小野田が拉致・監禁され、どうやって救出されるのかハラハラドキドキ場面を演出してくれました、

途中で製薬会社の副社長やテレビ局のチーフ・プロデューサーが登場し、こちらが犯人かと思わせる場面もありましたが、やはり犯人はアメリカ関係者になったのは、序章の筋たてそのままでした。

伊岡さんの作品は読みやすく、400ページも苦にならないので、楽しめました。

今日はこの辺で。