宮下奈都「羊と鋼の森」

2016年の本屋大賞を受賞した宮下奈都さんの「羊と鋼の森」読了。宮下さんの作品を読むのも初めてですが、とにかく最近は女性作家の活躍が目覚ましく、本屋大賞に限って言えば、20回中13回が女性作家の作品。小説の世界ではジェンダーギャップは完全になくなったような様相で、大変に喜ばしいこと。

本作の主人公は外村という青年で、無視無欲、無味無臭、表裏なし、陰日向なしの真面目な若者。これは小説の中に出てくる彼の人物評だが、しかし、ピアノの調律という自分が選んだ職業に対する向上心は貪欲そのもので、この貪欲さに関しては誰にも負けないことが文章を読んでいる中でひしひしと感じるます。

彼は、高校生の時にその高校の体育館にあるピアノの調律に来た板鳥というベテランの調律師の作業をたまたま見ることになり、板鳥の話を聞くうちに調律というものに惹かれ、すぐに将来調律師になることを決める。高卒後2年間の調律の専門学校を経て、板鳥が勤める楽器店に就職し、調律の仕事に打ち込む姿が描かれる。彼は柳という若い先輩のマンツーマン指導を受け始め、得意先である各家庭に赴き始める。まずは柳の仕事を見て、その接客態度から調律技術の基本を実践で習得し始め、1年後には単独で顧客を受け持ち始める。顧客から担当を変えてくれとか、仕事をキャンセルされる度に落ち込んで、自分には才能がないのではないか、自分には音がわからないのではないかなどと悩みながら、実は着実にその腕を磨いていることに、周りの先輩や顧客から教えられていく姿が描かれる。

最初に柳と訪問した家庭には双子の高校生がピアノを弾いていて、外村はそのピアノに惹かれる。その双子のうち姉の初音さんのピアノが特に気に入り、彼女がプロのピアニストを目指すあかつきには、ぜひ彼女のピアノを調律したいと考える。そうした目標をもって、貪欲に技や感性を磨いていく外村を、板鳥始め柳、秋野というちょっと皮肉屋ながら腕は確かな先輩などに囲まれ、いい環境の中で育っていくのだ。そして、板鳥は最初に逢った時から外村の素直さとひたむきさ、感性を見抜いていて、自分の楽器店への就職に推薦したこともわかる。

本作には大きな事件などが出てくるわけではないが、本を読みながらピアノの調べや、それを支える調律と言う仕事の奥深さをしみじみ感じさせました。外村はおそらく、板鳥に負けないような、感性鋭い調律師に将来は成長していくことを感じさせました。

今日はこの辺で。