下村敦史「アルテミスの涙」

今年に入って高裁で2件、旧優生保護法のもとで強制不妊手術をされた原告の国賠訴訟で、旧法の違憲と損害賠償請求を認める判決が出された。障碍者が障害を理由に本人の承諾なしに不妊手術を受け、子供を持つことができなかった原告の勝訴判決であった。「除斥期間」という高い壁があったが、人間の尊厳に抵触する憲法違反の法律で除斥期間を安易に設けるのは正義・公平に欠けるという、極めて真っ当な判決で、手術を受けた人すべてに、一時金の受給の区別なく、失われた子供を持つ権利の代償を払ってほしいものです。

前段に旧優生保護法関係の訴訟判決を書きましたが、本書「アルテミスの涙」のテーマも障碍者の出産、それも寝たきりで育児ができない夫婦が子供を産むことの是非という、極めて深刻なテーマの作品であるため、参考に記しました。ちなみにアルテミスとは「狩猟の女神」とありますが、内容との関係がいまいち不明。

江花病院の産婦人科医師、水瀬真理亜が宿直室で仮眠中、外科病棟の入院患者の異変を知らされ、診察したところ、「閉じ込め症候群」の若い患者さんで、全身が動かないものの、脳と五感は正常な重篤若い女性の患者。出血の原因を調べるうちに、彼女が妊娠していることが判明。彼女が入院してからの妊娠のため、何者かにレイプされた可能性しかなく、犯人探しが始まるのだが、本人とのコミュニケーションができないまま、ついには催眠療法で犯人が担当医の高森医師と判明。高森は逮捕されるが、何の弁明もせず黙秘する。真理亜は文字盤と目のぱちくりで何とかコミュニケーションをとることに成功し、妊娠の真実を語り、全貌が明らかになる。親に結婚を反対され、中絶までさせられて、二人で心中までした彼女は、親に不信を持つ女性患者。それでも親は中絶をさせるため転院まで画策。確かに生まれてきても自分では育児ができず、旧優生保護法のような非人道的な法律がなくとも、中絶は普通の選択。しかし、障害を負って育てられなくても、生きている証として、愛する人との子を残したいという気持ちは絶対のものでしょう。それを教えてくれる感動作でありました。

今日はこの辺で。