浅田次郎「流人道中記 上・下」

浅田次郎の最新単行本「流人道中記 上・下」読了。浅田先生は、2011年~2017年、日本ペンクラブの会長を勤めていましたが、その後吉岡忍さんが勤め、今年から桐野夏生さんが会長。ペンクラブ会長時代はずっと安倍政権で、忸怩たる思いがあったのではないかと邪推する次第。これはわたくしの蛇足でした。

読売新聞に2018年から約1年半連載された作品ですが、読売新聞は前川元文科事務次官を貶めるような首相官邸筋からの情報を社会面に載せるというばかげた新聞であることが分かり、今では見るのも嫌な新聞ですが、浅田先生のこの小説は読みだしたら止まらない面白さで、さすがは天下一のストーリーテラーぶりを発揮しています。

ときは黒船が来航し、安政の大獄があり、井伊直弼が暗殺された桜田門の変の直後のころのお話し。幕末も幕末ながら、未だ江戸幕府が政権を握り、幕府の風習がまかり通っていた時代で、既婚者同士の不義密通は切腹、死罪の恐ろしい時代。不義密通には、他人のお妾さんと情を交わすことも含まれる厳しい定め。その不義密通をしたものの、切腹を拒否し、なぜか遠い蝦夷の大名に預かりの身となった旗本の青山玄蕃を、津軽半島の先まで送り届ける役目を負った与力の石川乙次郎の長い道中記を、これでもかこれでもかと、特異な人物を絡ませて描いた飛び切り面白い作品。特に青山玄蕃の憎めないキャラクターと、石川乙次郎の生真面目な若侍のコンビは最高。そこにからんでくる大盗賊の稲妻小僧の勝蔵のエピソードや神林内蔵助の仇討ちエピソードは上巻のハイライト。下巻は神林内蔵助の仇討ちの続きと、「宿村送り」となった百姓女の騒動と、青山玄蕃の冤罪の話が中心に語られます。ちなみに「宿村送り」は実際にあった幕府のお触れで、それを題材にした浅田先生の知識にも脱帽。

青山玄蕃という3,250石の大身旗本の人生もまた、乙次郎に劣らず、否それ以上に過酷な幼少時代を経て立派な武士になったものの、嫉妬深い同僚のような上司に貶められてお家おとりつぶし、自身は蝦夷の大名にお預かりの身となる姿を、乙次郎が真の武士の姿に見て、最後に初めて「玄蕃様」と呼ぶところには、自然と涙が出てくる場面でありました。

江戸幕府260年間の平和な時代、武士はその身分によって守られたものの、武士の本文である「礼」が失われ、玄蕃は武士の悪弊を知ったがゆえに、自分の冤罪を訴えることなく、武士の身分を捨てる覚悟だったことが最後に明かされます。

本作で唯一、16歳の商家の丁稚さんが盗賊に騙され、戸を開けたがために死罪となる場面。玄蕃が何とか死罪を逃れさせてくれるかと思いきや、そうはならなかったのが残念。

それにしても、上・下巻都合670頁の長編ですが、浅田先生の見事なストーリー展開で、あっという間に読み終わることができました。あっぱれな小説でありました。

今日はこの辺で。