荻原浩「海の見える理髪店」

荻原浩直木賞を受賞した短編作品集「海の見える理髪店」読了。表題作はじめ全6篇はいずれも読みごたえのある作品。特に表題作がやはり代表格でしょうか。
表題作「海の見える理髪店」は、ある青年が海岸沿いの理髪店に来たところから始まる物語。口コミで、椅子に座ると鏡から海が一面に広がる風景が評判となり、一度調髪に来ようと思い立ち来たもの。店主一人の小さな理髪店は予約制で、お客はほかにおらず青年一人。椅子に座り初老の店主は自分の過去の成功や失敗話をしながら、丁寧に調髪をしていく。そんな会話の中で、店主は過去に人を殺めたことがあるという話を始める。そこから最後までがこの店主と青年を関係付けていくという巧妙さ。わずか40ページほどの小説ながら含蓄のある話でした。
「いつか来た道」はほぼ絶縁状態の母と娘の物語。弟から母にあってほしい旨頼まれしぶしぶ実家に顔を出す娘はかつて画家の母親から英才教育的に絵の勉強をさせられ、結局芸術系大学にも行けずに終わった42歳の中年女性。そんなトラウマが彼女を母親から遠ざけていたのですが、帰ってみると今でもキャンパスに向かう母親の描く絵は何が何だかわからない抽象画。そして会話から、母親が認知症を患っていることに気付くという話。親子の絆が全作品から匂ってきました。
「遠くから来た手紙」は、夫が仕事仕事で家族をかまってくれないことから、愛想を尽かして子供を連れて農家の実家に帰省した妻の話。この夫婦はもともと田舎の同級生の恋人だったが、その後別れ離れとなり、東京で再開し、結婚した仲。久しぶりに田舎に帰って、かつて夫に書いた手紙を思い出すのですが。この短編集では最も印象が薄い作品か?
「空は今日もスカイ」は、小学校3年生の少女が母親と身を寄せている親戚の家で、肩身の狭い思いの生活を送り、ある日家出して不思議な少年に合う話。最後はホームレスのようなおじさんの親切でお腹もいっぱいになるのに、そのおじさんが捕まってしまう残酷さ。
「時のない時計」は、中年男性が父の形見の腕時計を母親からもらい、高価な時計という言葉を信じて古い時計屋さんに修理に行き、そこで父親の生活などを回想する話。結局この時計は偽物で、時計の修理代だけが高くついてしまったのですが。
「成人式」は、15歳の一人娘を交通事故で失った夫婦が、5年間の苦しい日々から脱するべく、娘が二十歳の成人式を迎えたであろう日に、二人で着飾って娘が出席できなかった成人式に出ようとするお話。二人は若者たちからやじられながらも、その達成感をあじあう。
いずれの作品も家族のきずなを主題にした作品で、直木賞にふさわしい作品群でありました。
今日はこの辺で。