法坂一広「最終陳述」

法坂氏は現役の弁護士で、本作「最終陳述」の舞台となっている福岡を拠点としている。正に本拠地の福岡地裁を舞台に、巨額詐欺商法を行っていた会社の社長と秘書二人を殺害したとして石野正紀被告を裁く裁判員裁判の最終陳述の場面で、詐欺会社の社員で船戸と名乗る若い男が傍聴席から、「石野さんは犯人ではない、殺したのは自分だ」と叫んだことから、裁判所の裁判官・裁判員、検察、国選弁護士、事件を追うフリーライターなどが、それぞれの組織や個人の思惑から、裁判の行方を追う作品。

検察は石野を死刑求刑したという面子、裁判官は裁判員裁判のスケジュールを壊したくない、更には裁判員制度の弱点をさらしたくないという思惑、裁判員はどこまでも真実を追求したい人と早く解放されたい人、弁護士は主任弁護士と若手弁護士の葛藤、事件を追ってきたフリーライターの真実追及の動きなど、様々な人や組織の動きを描写しながら、犯人は石野なのか船戸なのかをという推理劇も交えて展開。

一番怖いのは検察が盗まれた金庫が見つかり、その証拠隠しを組織として決定する場面。あってはならないことが組織決定され、担当の公判検事は左遷。その他の検察幹部が処分されたのか否かは作品では描写されていないのが残念。

裁判員裁判が定着する中、こうした難しい場面に遭遇することはまずないでしょうが、実際にあったら、作品に登場する23歳の木沼仙一のように、真実を追求するために保守的な裁判長に対しても毅然とした意見表明したいものです。

福岡と言えば、冤罪の可能性を残して死刑執行されてしまった飯塚事件の久間さんを思い出さざるを得ません。飯塚事件の裁判が裁判員裁判だったらどんな結果になったのか。あるいは裁判官が木谷明さんのような方だったらどうなったか。検察はもしかしたら証拠隠しや証拠捏造をしていたのではないかなど、本作を読んでいて頭をよぎりました。

ドラマのシチュエーションとしては面白いのですが、結局石野が二人を殺し、船戸は命を賭してまで加害者となる場面はしっくりこない。石野は相当に高潔な人物として描かれるが、そんな石野が首を絞めてまで殺すのか?生命保険が目的なら殺す必要性はないと思った次第。本作は推理小説というよりも、裁判員裁判をめぐる群像劇と見た方がよい気がします。

今日はこの辺で。