柚月裕子「チョウセンアサガオの咲く夏」

柚月裕子さんがショートショートに挑んだ作品「チョウセンアサガオの咲く夏」読了。11の短編が収蔵され、小説家はこんな短い小説でも人を引き付ける力があるのかと感心。

表題作「チョウセンアサガオの咲く夏」は、母の病気で実家に帰り、ひたすら母親の介護に明け暮れ、外の世界との接触が極めて少ない生活を送る三津子さん。母親の往診に来る医師との会話が唯一と言っていいような生活。彼女は医師から介護をしている姿を褒められるのを心地よく感じている。そんな三津子さんが自分の子供の頃を思い出し、頻繁にけがや病気になっていたことを思い出す。庭に咲くチョウセンアサガオが毒を持っていることを思い出し、父親が留守がちで、母親も寂しい生活を送っていて、三津子が怪我したりすると父親が飛んで帰ってきたことを思い出し、もしかしたら、三津子は母親にチョウセンアサガオの毒を盛られていたのかも知れないと思う、ちょっと恐ろしい話。

「泣き虫の鈴」は一番の長編ながら30ページほど。小作人の次男坊で奉公に出された八彦は、先輩にいじめられてばかり。いじめられると近くの山に行って泣いている。そんな奉公先に瞽女さん3人が来て、宴会が催しされる。3人のうちキクはまだ10歳。キクと話す機会ができて、目が見えないキクの強さを思い、自分も強く生きることを誓う。

サクラサクラ」は、浩之という青年が会社でのストレスのうっぷん晴らしにパラオを訪れる。そこで現地の老人が日本の「サクラサクラ」の歌を口ずさんでいるのを聞き、その老人になぜ歌を知っているのかを尋ねる。老人はパラオ第一次大戦後に日本の委任統治領になり、日本人の産業振興策で雇用が生まれたことなどで日本人に感謝していたこと、太平洋戦争時にパラオペリリュー島に住む現地住民が日本軍と一緒にアメリカと戦わせてくれと頼んだが、中川大佐がそれを断固断る。中川大佐は、この戦いで現地住民を犠牲にしてはならないとして避難させたのだった。なお、この話は実話であることを確認。

「お薬増やしておきますね」は、実は私には筋読みできず。どこかに謎が隠されているような不思議な作品。

「初孫」もちょっと怖いお話。啓一と美幸夫婦は、啓一の父親と同居の3人家族。啓一夫婦には5年間子供が授からず、夫婦は不妊治療することに。検査の結果、啓一の方に原因があることが分かり、治療を開始して1年後の妊娠が分かり無事出産。啓一の父親は。これでわが一族も安泰と大いに喜ぶ。子供が幼稚園に入院する機会に血液型を調べるとO型。夫婦ともAでO型が生まれるのは大変珍しい。啓一はこっそりDNA鑑定で調べると、父子関係は否定されるが、親族関係は一致。考えられるのはただ一つ。ブラックジョークの極み。

「原稿取り」は、ある雑誌の編集者が担当のベストセラー作家の原稿をもらいに、締め切りまじかに自宅へ訪問し、手書き原稿を無事もらう。作家はご丁寧に原稿を封筒に入れて渡してくれた。その際、会社に戻るまで封筒を開けずに、とにかく紛失しないようにと念を押す。編集者はその通りに厳重にカバンに入れ電車に乗る。電車は込んでいたが、たまたま人相が悪いような男が居眠りをしていた隣が開いていたので仕方なくそこに座る。すると次に対面の席にも人相の悪い男が乗り込んできて、とっさにカバンを盗まれる。編集者は死んだ思いで作家にもう一度原稿を書いてくれと懇願。作家は何とか了解してくれる。実は作家が渡したのは白紙の原稿で、時間の猶予をもらうために作家が仕組んだ盗難劇でした。

「影にそう」は、またもや瞽女の少女の話。チヨは8歳でハツの養子となる。チヨの両親はチヨが不憫でかわいがるが、ハツは目が見えないチヨがこれから一人で生きていくためには芸が必要であることを両親に説き養子として送り出す。そんなハツはチヨにはいつも手厳しく、弱視のもう一人にはやさしい。何でこんなに厳しくされなければならないのかと感じている。ある時、三人で雪の中を歩いていてはぐれてしまい、チヨは気を失い、目が覚めると布団に入っていた。ハツがチヨを負ぶって助けてくれたことを聞く。そして、目が全く見えないチヨは芸をしっかり身につけなければ生きていけないから厳しいのだと悟る。

「愛しのルナ」は、捨て猫を持ち帰った私が、ルナと名付け猫をかわいがり、その可愛い写真や動画をSNSに掲載し、人気者になる。こんなに人気者になるなら、私の顔も出して一緒に写そうと思いつき、ついにその時が。私の顔は猫そっくりの容貌に整形され、それがSNSに掲載され、見る人はどっきりものとなりました。

「泣く猫」は母娘の切ない話。真紀さんは母親に半ば棄てられるような形で養護施設に入ったり出たりを繰り返すような少女時代を過ごし、成人してからは音信不通。そんな真紀に母親の訃報が届き、母親が住んでいたアパートへ。そこに一緒に水商売で働いていたという女性が弔問に現れ意外な話が出る。外で猫の鳴き声が聞こえたとき、その女性が、母親は野良猫に餌をやっていたこと、どんな猫にも「マキ」という名前で呼んでいたことを話す。真紀さんは、あんな母親でも自分は拒否していなかったことを悟る。

「黙れおそ松」は、大人になっても働かない六つ子の兄弟は、未だに両親に生活を依存する身。そんな兄弟の前に神様が現れ、何か一つ願いをかなえてやるという。そこで長男のおそ松が自分を神様にしてくれ、そうすれば自分が兄弟に何でも叶えてやれると思いつき、弟たちの了解をとる。神は一つだけ条件を出し、神が何か言っても、おそ松は一言もしゃべってはならないと。途中まではうまくいったが、最後両親を亡き者にする、それでもいいかと問う。果たしておそ松は?

「ヒーロー」は、佐方検事の事務官である増田さんのお話。増田の高校時代の柔道部の顧問だった先生が亡くなり、お葬式に出向き、仲の良かった同級生の伊達に出会う。伊達は当時の柔道部のエースで、増田が柔道部を辞めようとしたときに辞めないように説得してくれたのも彼。そのおかげで今の自分があると思うほどのヒーローだった。その伊達と一杯やりながら、今の職業について伊達が警察官と言い、それが嘘だと増田は見抜き、なぜ嘘をついているのかを問いただす。彼は大学時代に交通事故でけがを負い、その後は柔道部での活躍は絶望となり、暴力事件も起こして、今はアルバイトを転々とする身であることを明かして去っていく。増田は嘘を問い詰めたことがよかったのか佐方に話し、佐方は「嘘をつけば嘘を重ねることになる」と話す。増田は納得。伊達からは次は自分が奢るから飲もうとの連絡があったことを知る。

ショートショートが11篇ですが、それぞれ味わいがあり、一つの話が長編になりそうな話もあり、小説の世界の広がりを感じた次第。柚月さん、ありがとうございました。

今日はこの辺で。