秋吉理香子「絶対正義」

最近よく耳にし、私自身も知ったかぶりをして「法の支配」という言葉をよく使う。しかし、実際には法は絶対ではない。「悪法も法なり」と言われるように、法や規則を絶対視すべきではないことは習慣上知ってはいる。しかし、現にある法を振りかざされると、なかなか否定できないという現実もある。秋吉理香子氏の本書「絶対正義」を読むにつけ、「法の支配」という言葉を軽々に使うことの危うさを感じざるを得ない。

とある高校一年生のクラスに高規範子という女子生徒が転校でやってくる。仲の良い和樹、由美子、理穂、麗香の4人グループは、範子が一人で寂しくしていると思いグループに誘い、5人グループとなって高校生活を過ごすことになる。範子は法や規則を「絶対」的な正義と考える生徒で、和樹がバスで痴漢にあっているところを目撃して痴漢を捕まえ、和樹は感謝する。しかし、文化祭の打ち上げのキャンプファイヤーで男子生徒が喫煙している場面があり、定年まじかの体育教師が現れ、喫煙場面に対して穏やかな説教をして見逃したことに範子は不満を感じ警察に通報。警察官も大事にはしない態度をとったことから、範子は更に教育委員会に通報し、この事態が大事になって教師は退職金返上で退職、警察官も懲戒になるなど、関わった人の人生を台無しにしてしまう。それでも範子は正義を貫いたことに満足。以来和樹は範子に対して不快感を抱く。和樹は大学卒業後ジャーナリストとして独立し、「忘れられた事件」を掘り起こした書籍を出版。有名な賞にもノミネートされる。そんなところに範子が現れ、取材過程に違法がないか調べ上げ、ある違法性を出版社に連絡すると和樹に言うのである。和樹はこの件で範子に殺意を抱く。

由美子は結婚したものの、夫がリストラにあって以降働かず、二人の子供を育てていくためトリプルワークまでして働く。そこに範子が現れ、民法の夫婦条項を持ち出して由美子の夫に働くよう訴える。夫は一度は働きだしたものの、長続きせず借金が膨らむばかり。由美子は離婚を決意して調停に訴えるが、範子は逆に由美子の夫側の証人に立ち、由美子が虐待していることを家裁で証言するという。由美子も殺意を抱く、

理穂はアメリカ人の男性と結婚し、日本でインターナショナルスクールを立ち上げ成功。その学校で範子に経理を任すことになるが、500円の賭けをしている職員を告発すると言ったり、細かいことに正義を振りかざし始める。理穂の夫は範子を気に入り、不妊治療中の理穂に代わって、範子に卵子を提供してもらえばと提案。範子に嫌悪感を持つ理穂は、絶対にそんなことはできる筈がなく、範子に辞退してほしいと懇願するが、範子は頼まれ、違法ではないので引き受けると言って拒否する。理穂も範子に殺意を抱く。

麗香は子役以来の女優業を続けていて、一時は主役を張るまでになる。今は中年に差し掛かり、主役は来ないが助演を手堅く演じている。高校時代に範子に世話になった経験があり、範子を信頼していた一人。今麗香はある男性と付き合っているが、彼は病床の奥さんがおり離婚はできない。麗香の不倫関係を本人から告白された範子は、不倫は許されないとして、彼の子供たちに話すと訴える。そんなことをしたら女優生命も危うくなり、彼にも迷惑がかかるとして説得するが範子は聞く耳を持たない。麗香もまた殺意を抱く。

こうして4人が殺意を抱く重大な出来事があり、恒例のランチ会のあと、皆で範子の車に乗り思い出の峠までドライブ。行きどまりでまず由美子が範子の首を絞めはじめ、そこに和樹が加わり、更には理穂も加わり、範子は気を失う。すぐに気を取り戻した範子が車外に出たところで、運転していた麗香が範子に車でぶつかり範子はようやく死亡。完全犯罪にするべく車ごと崖下に転落させる。

5年後、4人のもとに範子名で招待状が届く。疑心暗鬼を抱きながら4人はそこに赴くと、範子の夫と娘がパーティーを開催。食事がすんだところで、範子の車に取り付けてあったドライブレコーダーが披露され、全てが明るみになり4人は逮捕拘留される。範子の娘、律子は、拘置所に4人を尋ね謝罪される。実は律子も4人と同じように範子に拘束されるような毎日で、範子に死んでほしかった口。それを実行してくれた4人には感謝したいほどだが、そんなことはおくびにも出さず、律子もまた範子と同じように「絶対正義」を受け継いでいくことを覚悟するのでありました。

最近、保育園での幼児虐待が話題になり、虐待したという3名の保育士さんが実名で報道されたことは記憶に新しい。世間は「とんでもないこと」という意見が大半でしょうが、彼女たちの言い分は世間には伝わっていない。虐待死につながるようなものでは論外だが、果たしてどの程度のものだったのか?法律に基づけば、暴力事件として刑事事件になるのでしょうが、彼女たちの人生はめちゃくちゃになったことは間違いない。世間にはもっとひどい暴力を自分の子供にしている親は五万といる筈。法を振りかざし、それを煽るメディアがあれば、ほんの小さなことが大きなハレーションを招く。範子のしたことは、4人の女性たちの運命を暗転させるとんでもない悪事であり、自業自得ともいえる。

本書を読んで「法の支配」という言葉を使う重みを強く感じた次第。

今日はこの辺で。