原田マハ「夏を喪くす」

11月25日から28日まで、三泊四日の東北旅行に行ったのですが、その間最低一冊は本を読もうと図書館で見つけたのが本作。いざ選ぶとなるとハードカバーの単行本は重いため、どうしても文庫本となり、味のある著作で、駄作の少ない原田マハさんの短編集「夏を喪くす」を選択した次第。原田さんにしては、何とも重苦しい作品4編が収録されていましたが、どれも印象に残る作品でした。

「天国の蠅」は、娘を大学に送り出した中年の母親、範子さんの少女時代の回想。娘さんの詩が雑誌に掲載され、その雑誌を見ていくと心当たりの詩が現れ、範子さんは父親を思い出すという設定。範子さんの父親は多額の借金をして、家族は借金取りに追われるように生活する身。成績優秀だった範子さんは東京の大学を目指していたものの、金銭的にかなわず、結局は北陸地方の役所に勤めているが、そんな彼女には、高校生時代につらい恋愛の思い出が。好きだったバイト仲間の大学生に誘われて、彼の部屋に行き、突然性行為をされてしまう。だらしないと思っていた父親は、何処で知ったのか、その男を殴り倒したことを知る。そして、父親が、実は自分を蠅のような男なのだが、詩の本を売ろうとしていたことは真実であったことを知って、父親を許すのでした。

「ごめん」の主人公はちょっと危険な既婚女性の陽菜子さん。夫は真面目な人だが、建設関係の仕事で家を長期に空けることが多く、その間若い男と浮気を楽しむ女性。彼女が男と旅行中に、夫が建築現場で事故にあい、意識不明の植物人間状態に。姑からの厳しい𠮟責などもあるなか、夫をこのまま介護していく身に絶望する。そんな彼女が夫の身辺整理をする中で、奇妙な貯金通帳を発見。高知のある銀行への毎月決まった入出金があり、彼女は高知に出向く。そこでようやくたどり着いたのは、小さな屋台のおかみさん。高知の女性らしくきっぷのいい女将さんと、高知へ単身赴任していた夫との関係を知ることになり、彼女は夫の一面を知るのでした。「ごめん」は、高知の市電の始発駅が「後免町」(ごめん)、終点が「伊野」(いいの)からきている落ちがありました。

表題作「夏を喪くす」の主人公は野中咲子さんというビジネスウーマン。既婚だが、夫は雑誌編集者の為、夜勤や泊りが多く、ほとんど顔を合わさない関係が続く。咲子は一回り歳が上の既婚男性と不倫を続ける女性でもある。そんな咲子だが、不倫男性との逢瀬の時に乳房のしこりを指摘され、乳がんの診断を受ける。彼女は乳房を失うことにより不倫男性との別れを予感、精神的に不安定となり、夫や不倫男性に告白できない状態が描かれる一方、ビジネスパートナーである青柳や社員たちと沖縄旅行へ。青柳はやたらとはしゃぐが、実は青柳も失明することを咲子に打ち明ける。咲子は不倫男性との別れを決意するのであった。

「最後の晩餐」は、原田さんが得意とする美術界で活躍する麻里子さんが主人公。今は中国上海で中国の近代絵画を手掛けて成功しているが、かつてはニューヨークのギャラリーに勤務し、差別的な待遇を受けたこともある身。そんな咲子さんが久しぶりにニューヨークを訪れ、ギャラリーの代表や旧知の人を尋ね歩き、ニューヨーク時代に部屋をシェアしていたクロさんという、同じギャラリーにいた女性の消息を追う。彼女たちの借りていた部屋の家賃が、クロさんがいなくなってから空き室になったものの、毎月家賃が振り込まれていることで、誰が振り込んでいるのかを確認するのを口実にして、クロの消息を追うのだが、誰も該当なし。部屋のあるアパートが建て替えのため取り壊されることになり、家賃の支払いは終了するのだが、実は麻里子自身が振り込んでいたことが明かされる。クロさんは、9.11同時多発テロに巻き込まれて亡くなったが、その原因を作ったのが麻里子さん自身だった可能性を悩みぬいていた麻里子さんの行動であった。

本作の主人公は、4編ともアラフォーの働く女性たち。それぞれがビジネスや家庭生活で充実した生活を送る反面、何かを求めてさまよう姿が描かれ、女性作家特有の作品ではないかと感じた次第。

今日はこの辺で。